このブログ、去年の8月に始めたようなのですが、ほとんど更新することなく約1年近くが経過。
さすが、私。
さて、このブログをまた書こうかな、という意欲が出たのは一つに病院へ行ったことによります。
つまりADHDであるかどうかを確定するために漸く行く気になりました。
そこの経緯もいろいろあるのですが、
最終的に家族に行くように強くプッシュされたから、です。
セキララに語れば、うちは所謂平均的な一般家庭です。
ぶっちゃけ、軽度ADHDなどを抱えている人には一般家庭って割とキツイ。
発達障害という特性を子供が有しているとは欠片も感じることはないので、単に勉強できない子又は怠惰な子と思われがちなのではないでしょうか。
うちはそんな感じでした。
おかげで小学生の頃から塾やら何やらと……
それはさて置き、押し並べて、平均的な生活が大基準であり、そこからはみ出ることは不快でしかないからです。
平均でいること、又は家族に利とする行動であればなおOKというまっこと人間らしい一般家庭なのです。
(平均であるこは悪いことではありません。その話はまた今度)
そして、目に見えて、分かりやすく、症状がなければ話を信じてもらえるか疑わしい。
対話する、話し合う、これは本当に大事なことではありますが、多種多様な問題を話し合うチャレンジを何度もした末の不安があります。
だから、本当はADHDの可能性があるなんて言いたくなかったのですが、カミングアウトしなければならないところまで追い詰められていたこともあり、父には告げました。
泣きながら切々と自分の行動と身体の不調とを照らし合わせながらだったせいか、取り合えず受け入れられました。自分でも調べたりしたようなので、何となく理解できたようです。
しかし、母には言えませんでした。
いろいろネットで調べると、まず先天的な障害である、と出ます。
言えるわけがない。
普通の母親は、まず自分の責任に感じるでしょう。
それなのに、父は母に伝えてしまいました。
父には父の言い分はわかりますが、相談もせず勝手にしたことは
マジでこの人無神経だな、と再確認させられました。
そして勝手にかかりつけの病院に相談し、勝手に紹介状を貰ってきたのです。
(自分でも調べていたのですが、いろいろ見すぎて悩んで、、、新コロ騒ぎで放置
)
(あのかかりつけの病院、、、心情的に、、もう行けない、、、orz )
これ、親が心配しての行動と思うでしょう。
まぁそうなんですけど、こと繊細な問題の場合、寄り添いながらことを進めなければ傷つきます。
知らないところで勝手に動くことは押し付けにしかならないし、良ければと思ってのことと理解はするのでとても心身が疲れてしまいます。
自分から動かなければ、敷かれたレールでしか動けなくなります。
何故なら、諦めるから。
毎度重要な場面では勝手に決められるので、諦め上手になってしまいました。
この辺の私の面倒くささ、これを甘い考えと思われるのは仕方がないですが、素直に普通にできるなら苦労はないのです。
小さな、でも超えられない問題をいくつも抱えて理解されずに生き続けていると内面が拗れるのです。
時間がかかってもいい、遠回りでもいい、そう構えてほしいのですが難しいです。
軽度のADHDが幼少時にわかり、対策を立て、工夫改善しながら小学時から生きられればもっと幅のある人生だったかもですが、今更です。
でも今の時代なら可能だと思う。社会が受け入れる度量があれば。
とまぁ、このような経緯でしぶしぶ病院へ行きました。
田舎の普通の総合病院なのであまり期待はしてませんでしたが、結果良かった面もありました。
思ってた通りの対応でもありましたが。
自分だけで悶々としているよりは、1歩進めたと思います。
両親は治療法があると思ってたようですが、以前何度か伝えていたように「治療はない」ということがわかり、ガッカリしたと思いますけど。
また自分勝手に調べて何か押し付けてきそうで気が重いです。
次回、精神科のある総合病院はある意味おススメという話をupしたいと思います。