アジアの五つの地域に5つの物語。
「…そして、また文字を記していると」墨で書かれた文字が意味を持ち、命をもっているかのように動き、世界を造っています。その幻想的な情景と描写の美しいこと。ケン・リュウの作品でも感じた、言葉や文字の力に通じるアジアです。
最後の「天蓋歩行」。東南アジアの熱帯雨林が醸し出す濃い熱気と湿気に『間昼間は逢魔が時』となり、森なのか人なのか、人以外の何かなのか区別のつかない世界に入り込んでしまいます。
台湾の村の物語も独特の雰囲気で好きです。なぜか京都を舞台にした物語には入っていけませんでした。
戦後間もなくの沖縄。今以上に海は美しく、空も澄んでいたはず。でも、この物語から立ち上ってくるのは血と汗と涙の匂いばかりでした。フィクションですが、戦争で島民を殺された悲しみとアメリカ統治下での米兵の横暴なふるまいへの怒りは、いく度か目にした報道と同じでした。日本政府からも見捨てられたような沖縄で、故郷を守るために戦い、生き抜いた幼馴染3人。その3人の心と体に襲い掛かる暴力のすざましさに息が止まるような思いでした。
感想から離れますが、わたしの故郷は鹿児島です。高校時代、体育の先生が沖縄返還の洋上デモに参加した話をしてくれました。海の上の国境線まで行って返還を要求したと。あの頃、沖縄との往来にはパスポートが必要だったのです。戦争は終わっていたのに、沖縄は27年間もアメリカの統治下にありました。
1972年、沖縄はアメリカの統治下から離れ、本土復帰を果たしました。でもそれは沖縄の人々が望んだ「核と基地のない沖縄」ではありませんでした。復帰に至るまでの激しい闘争に関わった幼馴染3人の苦悩。(上)と同じで彼らに襲い掛かる暴力のすざましさに、フィクションでもこれは多分事実だと思いました。これ以上だったかもしれません。
苦悩の果てに3人が知った、彼らの英雄が守り抜いたもの。物語のタイトルが意味するものは、その英雄の心なのか、英雄が守り抜いたものなのか…。わたしにとっては、沖縄の歴史や自然、沖縄の全部です。
8月はなかなか読書の時間がとれませんでした。
まあ、理由は先月書いたことと同じですが。
7月に保護した子猫たちがみな里親さんのお宅へいきました。
最後の猫は2カ月もいっしょにいて、とても仲良くなっっていたので
今、寂しくて仕方ありません。
猫たちがいた部屋を掃除しながら、最後の子は家族にしたかったなと
自分の覚悟の遅さを後悔しています。
子猫を飼って最期までいっしょにいられるか自信がなかったのです。
つい、自分の年齢を考えてしまいました。
抱っこしていたときの温もり
里親さんに預けたときのおびえた表情
歳を重ねて得たものもあるけど
失ったもの、去っていったものもたくさんあります。
寂しい秋を迎えました。
2か月いっしょにいたナナ





