八月の銀の雪 伊与原 新
「月まで三キロ」もそうでしたが、タイトルがすてきです。どんな世界へ連れていってくれるのだろうと、心を澄ましてページをめくりました。
人はもちろん大切ですばらしい存在だけど、ときに無力で厄介なもの。生きるために生まれてきたのに、生きづらい…。でも、わたしたちを包む自然や宇宙は、想像を超える小ささと大きさ、神秘的ともいえる仕組みで、はるか遠くの時代から孤独に耐えて存在し続けてきました。
彼らが送り出す言葉にならないメッセージに気づくと、少しだけ光が見えてきて、自分の中にひそんでいる強さを感じられそうです。
前作で少しだけ見えてきた母親の過去が、偶然の出会いでまた少し明らかになってきます。反面、本当の親子だろうかと読者の疑問は残りますが、花実にとって大切な存在であることに変わりはなく、むしろ母を思う気持ちは強くなっていくよう。
フィクションなのに花実と作者が重なって、考え方や行動に感心してばかりです。いろいろな社会問題を絡めていますが、本流にあるものは愛。表題作では、その愛に満ちた会話に笑いっぱなしでした。「夜を超えて」は、こみ上げてくるものを抑えながら読みました。
穂村氏のエッセイ集3冊目。急に現れるエピソードに、何度呼吸困難に陥ったことか、笑わせてもらったことか。玄関にたどり着く頃には上着のボタンをはずし終えるなんて、大の大人のすることじゃないですよね。
たくさんの共感する考えや言動の中に、これはちょっと、と思うところも書いてあって、正直で飾らない人なんだなと改めて思いました。穂村氏のそばにいるとちょっと疲れるかもしれません。でも、それ以上にほんわかとした幸せな気持ちになれそうです。
2年ほど前に購入していたのですが、数十ページほど読んで、カタカナの名前や単語がなかなか頭に入ってこず挫折。今度こそは!と自分に言い聞かせて読み始めました。人物表を何度見たことか。でも、舞台となる縄文時代の自然や暮らしを想像しながら、徐々に惹きこまれていきました。
作者のユーモアたっぷりの本も、ぞくっとする怖い本も、切なくなる本も好きですが、こういう遥かな時代を描いたロマンあふれる本もいいですね。ただ、物語の展開はロマンというより怖さの方へ向かっているようですが。ドキドキしながら(下)へ進みます。
建設現場で発見された若い男女の骨。その骨が語る2700年前の冒険と愛の物語です。すべてが未知といえる世界で、新しい土地を求めて旅に出た人間。ウルクのように一人でかもしれません。大勢でかもしれません。命がけで山々を超え、海を渡り、生き抜いていた人々の命がわたしにつながっているのですね。『歴史を作ってきたのは愛だ』という文にしみじみとした気持ちになりました。
上下巻600㌻では表しきれない長い長い時間と人々の営み。2体の骨は、目に見える文明だけでなく、獲得してきた思考や言葉の重みを教えてくれます。
迷いながら手に取った本。新聞の土曜版で「月夜の森の梟」という連載文を読み、夫を見送った作者の思いに心打たれ、どんな小説を書くのだろうと怖々読み始めました。
フィクションなので、もちろん夫の死を描いたものではないでしょうし、読んでいる間は作品のおもしろさにそんなことは忘れるほどでした。末期の癌に苦しむ男性。その苦しさを想像することは難しいけど、自分の死を演出することぐらいは許されてもいいのかもしれないと考えさせられる作品でした。家族としては、最後の最後まで生きていてほしいと思いますが。
引き出しに何が入っているのか、表紙からもう小さなわくわくが始まります。きれいな模様の箱、かわいい形のビン、リボン、毛糸…。わたしにも覚えがあります。
レミーさんは暮らしを楽しむのが上手。自分のために誰かのためにいろいろなものを作り、ひきだしにとってあったものに入れます。だいじにされてまた出番をもらえた物たちは、小さな幸せを誰かに届け、そしてレミーさんにも届けてくれました。ひきだしにあったものは、レミーさんのやさしさ。
子どもの頃、蚕が桑の葉を食べている様子は目の前で見ていたのですが、その後の工程ははっきりとは知りませんでした。以前あるテレビ番組で繭を熱湯に入れる作業を見て、厳しい仕事だなと思ったことを思い出しました。ちょっとつらかった…。
『糸は生きている。命あるものからできている』 蚕の命と作業をする人の丁寧な技術からそれはそれは美しい糸が生まれます。糸も真綿も大切に使い切らなくてはと思わされます。雲のような真綿の写真は繊細で本当にきれいで、消えていってしまう日本の手仕事によせる作者の強い思いが伝わってきます。
新聞の土曜版で連載されている小池真理子さんの『月夜の森の梟』
夫を亡くした作者の、悲しみとともに暮らす日々の思いが綴られています。
家族を亡くした頃の自分の思いと重なり、きちんと言葉にできなかったことを
あゝ、わたしもそうだったと、改めてなぞりながら読んでいます。
人と会うのがつらかったこと
そのことについて話したくなかったこと
昼間のお店に行けなくて、買い物はいつも閉店前の時間に行っていたこと
帰り道、明かりのついた窓の向こう側には幸せな家族がいて
自分にはもうそんな幸せが持てないのだと思ったこと
6年が過ぎてもまだきちんと受けとめられずにいます。
でも、悲しみは心の奥にそっとしまって
たくさん笑って元気に暮らせるようになりました。
小池さんの文章は、わたしがそっとしまったものをそっと思い出させてくれます。
孫が小学校に入学したときに植えたチューリップ
毎年咲いてくれます。
孫は、この春中学生になりました。










