道行く者を身分に関係なく庭に招き入れ、おもしろい話をさせて聞き書きしたもの。それだけでも何が出てくるかわからないのに、町田氏が訳したとなればいろいろな意味で期待値が上がります。期待に違わぬおもしろさ。古典を現代によみがえらせただけでなく、未来まで引き寄せた感の語りでした。
教訓に走らず、格式も気にせず、わけわかんない部分はわからないままに、高貴な人も修業を積んだ僧侶も、ありがたいい面もあるけど基は同じ人間、と思いたい庶民の気持ちが見え隠れします。おもろうてやがて怖くなる…人の世です。
7話の短編集。ささやかな幸せにさえなかなか手が届かない、手を差し出すことさえためらってしまう…。心の中に悲しみや傷を抱えて、それでも誰かを憎むこともなく静かに生きる人々の物語です。
不遇に見える彼らに幸せになってほしいと思うけど、多分本当は彼らの方が強いのかもしれません。欲張らなければ、どんなに小さな幸せでもとても大切なものだと思える強さ。隣にいる人の悲しみをそっと受けとめられる強さ。「鬼灯」「真昼の月」がとくに心に残りました。
サブタイトルは「大酒飲みの決断」。町田氏が酒を断つにいたった理由と、断って思ってことが綴られています。そのテーマで1冊も?と思うかもしれません。わたしも思いました。読んでいる途中でも思いました。ただ、これは断酒について書かれながら、ほぼ人生論。いつもの文体ですが彼の哲学書でした。
彼が最後にたどり着いたのは「酒を飲んでも飲まなくても人生は寂しい」という境地。やはり彼はマジでまじめな人間でした。これからの彼の作品が、断酒によって変わるのかちょっと気になるところです。
神々は繋がれてはいない (ケン・リュウ短篇傑作集6) ケン リュウ
8話の短編のうち4話は『人間と人間以後の存在』について描かれたもの。体を持たずAIの中に存在する人間を創り出す未来が本当にやってくるかもしれません。人は想像したことを実現しようとするようにできているみたいですから。でも、1話目にあった
『体は知性を持つ、~略~ 生きている意味を心よりもうまく表現する方法を知っている』
という文がきっと答えだと思います。
その体を極限まで鍛えて世界と世界の裂け目にまで入り込めるようになった「隠嬢」のように、昔の中国を幻想的に描いた作品の方が好きです。そういう作品が少なくて、ちょっともの足りない1冊でした。
「さよなら、田中さん」の花実が中学生になりました。感受性の強い年齢。家族の問題を中心に悩んだり傷ついたりすることも多くなりました。
謎だった母親の若い頃の生活や、亡くなったと思っていた祖母の存在もわかって、うれしいのと悲しいのとが入り混じった複雑な思いにかられます。中学生に問題を解決する力があるわけではないけど、花見の明るさや前向きな性格はみんなの生きる喜び、励みになります。つらい娘時代を過ごしたお母さんの強い愛情が、花見をそんなふうに育ててくれたのですね。それは作者の生き方、考え方そのもの。
続く2篇の短編も、なるほど、こう繋がるのかと考えさせられるテーマでおもしろいのですが、家族はつらい…。
昨年秋と先月、肺炎で通院していた猫が旅立ちました。
最期、呼吸がとても苦しそうで、何とかしてと言うようにわたしを見ていた悲しい表情が
忘れられません。
子どもだった頃
やんちゃで甘えん坊な猫で、天然な行動にたくさん笑わせてもらいました。
つらいとき、何も言わずそばにいてくれる存在に、どれほど助けられたことか。
この猫を飼ったことで、ほかの猫にも幸せになってほしいと思うようになり
里親さん探しや、外猫の避妊・去勢手術をするようになりました。
会えた喜びと、会えなくなった悲しみを大切に心にしまって
今、ひとりぼっちになって後ろで寝ている2歳の猫と仲良く過ごします。





