タタール。世界史の授業でこの地名を知ったとき、広大な地を走る騎馬民族を思い浮かべて小さな憧れを抱きました。このタイトルと表紙を見て、その憧れがどこかに隠されていないか期待して読み始めたのですが…。
生きている間、人はいくつもの選択を迫られます。納得できる方を選べればいいのですが、損かもしれない方を選んだり、選んだ道が自分の道と思い込んだりして時を重ねていきます。来ることのないタタール人を待ちながら、この物語の主人公も選択を過ち、一度きりの人生を虚しく生きて老いと死を迎えます。その人生はわたしのすぐ隣にあって、わたしもそちら側で生きていたことがあるかもしれません。主人公の生き方とわたしの生き方が重なっているようにも思えます。
人物の描写は暗めですが、雪をかぶった山々は神々しく、霧の夜や星空、遠くに見える砂漠などは幻想的で美しく描かれていて、よけいに哀しくなります。
かわいくなくてもフィンランドにはほかの魅力がたくさん。日本とフィンランドを比べてどちらがいいというのではなく、どちらをもの良さが書かれていて、文化の違いを考えさせられます。フィンランドでの出産や子育てへの手当ては、子どもを大切に思う社会だということが伝わってきます。男女の関係もいいですね。
森と湖の国、ムーミンとサンタ、オーロラと白夜。何よりグラビアにあるお庭レストランがすてきで憧れが募ります。そんな国にも鬱屈や貧困、差別が渦巻いているとありました。よく読む北欧ミステリーにもそういったことへの苦悩が描かれていますが、刑事たちをはじめ登場する人々の関係が民主的に思えるのはひいき目?
比較的穏やかに書かれていますが、実際にはもっと困難で大変な時間だったのでしょう。人をつくっているものはいろいろありますが、記憶が無くなるというのはこんなに怖ろしいことなのかと、認知症とは違う怖さを感じました。思い出が無くなるだけでなく、知識や常識まで失われてしまう場合もあるのですね。
本人の努力はもちろんですが、家族や周囲の愛情や努力なしではここまで来られなかったと思います。
『あたらしい過去』がいとおしい、記憶が戻って今いる自分が無くなってしまうのが怖い、という文を読んでこみ上げてくるものがありました。
天国はまだ遠く (新潮文庫) 瀬尾 まいこ
再読です。10年前に読んだのですが、何を感じ、考えたのか思い出せませんでした。好きな作家なので、多分雰囲気にひたって共感しながら気持ちよく読んだと思うのですが。
今回は、主人公に対してはちょっと厳しめな感想。追い詰められた立場には同情するけど、自殺のためにそこまで準備できるのなら、それは生きる力があるということですね。自然の中で感動したり驚いたりしながらいっぱい空気を吸い込んで、体も心も再生していく姿に、改めて自然のすばらしさを思いました。
民宿の主人、田村氏のまっすぐでどっしりとした人柄に惹かれていたので、最後の別れのシーンがとても切なかった…。
灯台へ行く前の一日を丁寧に描いた400㌻だと勝手に思い込んでいたのですが、読み進めていくうちに、人や家族の時間はこんなふうに流れていくのだと静かな衝撃を受けました。そんな時代だったのでしょうか、人はこんなにもたくさんのことを深く思い、考えていたのですね。その思いや考えを表現する言葉や文の美しさと豊かさ。想像力が乏しく、なかなか入りこめない場面もありましたが、亡くなった人をずっと思い続け、反対に亡くなった人がずっと存在し続けることが印象的でした。
正直に書くと、2年ほど前に読み始めたのですが難しくて中断し、また始めから読み直しました。
同期シリーズ完結編。1作目で公安の怖ろしさを知り、怖いもの見たさで2作目3作目と読んできました。今回は潜入捜査の過酷さと難しさが描かれていましたが、同期3人の信頼関係と、関わる多くの警察官たちの仕事ぶりに後味の好い事件解決でした。
闇や負の部分もあるけど、わたしたちの安全を守るために奮闘する真っ当な警察官が多いことを信じたくなります。 テレビドラマの見過ぎで、使われている警察用語や組織図がわりとすんなり入ってくる自分に苦笑い…。
梅雨だから当たり前なのでしょうが、よく降りますね。
せっかく日の長い季節なのになかなか夕焼けや夕日が見られなくて残念。
いつまでも夕方が明るいこの季節が好きなのですが、孫も幼い頃同じことを言ってました。
「5月とか6月とか大好き。ママが保育園に迎えに来てもまだ明るいから。」
故郷の鹿児島は、経度の関係で日没が関東より40分ほど遅いんです。
高校時代、部活が終わってもまだ明るい空を眺めながら自転車をこいでいると、
なんだか、すてきな明日が、すてきな未来が待っているような気持ちになりました。
あの頃から半世紀^^;。 ずいぶんたくさんの時が流れ、ずいぶん遠くにきたものです。





