異類婚姻譚 (講談社文庫)

 異類婚姻譚  本谷 有希子

 

 ありきたりな言い方をすれば、夫婦といえども、わかっているつもりでいても、ずっと深いところではわかっていないし、わからないふりをしているのかもしれません。考えるのは疲れるし…。不気味だという思いがやがて不憫さに変わり、何かが胸の奥に引っかかっているような感じで本を閉じました。時間がたって感想を書いている今、山の岩場の近くで可憐に咲いている花の姿が、とても寂しく浮かんできます。

 


きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび (単行本) きまぐれな夜食カフェ - マカン・マラン みたび   古内 一絵

 

 今回はおいしそうな料理より、シャールの言葉や行動に深く胸を打たれました。毒だらけのアルバイト社員に真正面から向かって言った言葉、「若さや、治療しなくていい体がうらやましい」。やさしい笑顔の裏に隠している悲しみがあるからこそ、シャールは周りの人を大切にするのでしょうね。元後輩の離婚パーティに男装で決めて現れるなんて、何て素敵な思いやり。そして、老いた比佐子の誕生日を忘れずにいてくれるのも。

 病気も老いもその立場にならなければわからない辛さがあるけど、だからこそ今を上機嫌に過ごす…。いい言葉です。

 


父からの手紙 (光文社文庫) 父からの手紙   小杉 健治

 

 平凡に見える生活もこんなに複雑に事件や犯罪と絡み合っているのかと思うと、自分が立っている足元もなんだか危ういものに見えてきます。道を踏み間違えさせるものは何でしょう。

 最後にたどり着いた答え、『人生の目的は財産、地位、名声などを得るためではない。~いかなる困難や試練にも負けずに生きていくことにある』そう言葉ではわかっていても、その答えにたどり着くまで、やはり人は迷ったり回り道をしたりしながら進んでいくしかないのでしょう。集団就職列車で都会にやってきた親たちの苦難。昭和が遠くなっていきます。



キツネとねがいごと キツネとねがいごと  カトリーン シェーラー

 

 好きだったものを全部なくして自分だけが永遠に生きていくことは、想像以上に虚しく寂しいもの。命あるものは、その時をせいいっぱいに生きて、最後は静かに終わりを迎えるしかありません。

 自然の摂理に逆らって老いたまま生きていくキツネの姿は切ないですね。ずっと待っていてくれた死神を呼んで、二人で抱き合っているときの表情はとても穏やかで安どしているように見えます。わたしもあんな顔で最期を迎えられたらと願います。

 


ぐるりのこと (新潮文庫) ぐるりのこと   梨木 香歩

 

 「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」

と、語る言葉のそのままに、旅での出会い(人も動物も風景も文化も)、ニュースが伝えるつらいできごとなどについての考えがていねいに綴られています。その考えを咀嚼しながら読み、かなり時間のかかる読書になってしまいました。梨木さんの作品には、繊細さと強さがいっしょに編み込まれていて、こんなふうに考えたかったのだと、自分の中に埋もれていたものに気づかされます。

 


真夜中の太陽 (ハヤカワ・ミステリ) 真夜中の太陽   ジョー ネスボ

 

 「その雪と血を」に続く物語。

 読み進めるうちにスピードが加速され、ドキドキしながら一気に駆け抜けてしまいました。北の果ての光景が美しく、仲良くなった少年がかわいらしく、そして出会った男と女の交わすまなざしや言葉が熱く、最後のシーンはまるで映画を観ているようでした。説教師でありながら、神の教えに沿わない形になろうとも、娘の真の幸せを願った父親。約束を守り抜いた商売人の男。彼らを動かしたのは聖書の言葉ではなく、先住民族サーミ人の素朴な良心と知恵ですね。

 物語の続きに幸せが待っているのか、ちょっと不安は残りますが。

 


好日日記―季節のように生きる 好日日記―季節のように生きる  森下 典子

 

 今は2月。雨水を過ぎて春へと向かうころですが、この作品を読んでいる間、冬の章では冬に、春の章では春にと、作品の中の季節にいるようでした。そして、作者といっしょに先生のおうちにおじゃまして、静かで心地よい時間を過ごしているようでした。

 清楚な花、掛け軸の文言、季節感あふれる和菓子。何より、控えめだけど機知に富み、穏やかで温かい先生の言葉。

 ゆっくりとていねいにお茶と向き合ってきた作者の思いが、言葉ではなく本当に「季節のように」体を包み、美しい自然の一部となって瞑想の世界に導かれるような作品でした。

 


雪窓 雪 窓   安房 直子

 

 雪の夜は不思議です。雪が空から静けさをつれてきます。寒さと少しだけ温かさをつれてきます。歩いてきた道の記憶、遠い昔もつれてきます。もう戻らない幸せと寂しさをつれてきます。

 雪の夜は空に昇っていきたくなるけど、そばにやさしい友だちがいてくれると、心の中にポッと灯りがともり、ほんわかとした気持ちになります。
 


ねこはしる ねこはしる  工藤 直子

 

 工藤さんの野原には、たくさんの動物や植物たちが命の詩を奏でながら生きています。工藤さんは、ときに虫になったり、草になったり、風になったりして、彼らの言葉をわたしたちに伝えてくれます。命はこんなにキラキラしていて、楽しくてユーモラスですばらしいものですよと。 でも、ずっと野原にいると、命のはかなさも生きる厳しさも受けとめなくてはなりません。そんなときは少し寂しい…と。

 ねこのランも知りました。楽しいことも怖い思いも悲しさも。全部心にしまって、力いっぱい走ります。命のかぎり生きています。

 

 

 「好日日記」は、作者がお茶のお稽古に通った日々を綴ったもので、たびたび椿の花が登場します。

 茶室には一輪の花が似合いますが、わたしも椿の花が好きで、この季節よく飾ります。

ただ、わたしの椿は、前の森に誰にも手入れされることなく咲いているもの^^;。今は桃色の椿が盛りですが、もうすぐ赤い椿が咲きます。

 

 子どもの頃読んだ「誰も知らない小さな国」にも、大きな椿の木が出てきました。石牟礼さんの「椿の海の記」の椿も印象的でした。

 

  

大きな木です。開発で切られてしまうのもそう遠くなさそうです。 

画像が横になってしまいました。

 

 

実家の庭に父が植えた侘助。主がいなくなった庭にも、毎年たくさんの花が咲きます。