明けましておめでとうございます![]()
きれいな青空の下 静かな新年を迎えました
新聞を取ろうと庭に出たら えっ!膝が痛い…
いやでも押し寄せる歳の波
さてさて 1018 どんな年になることやら
みなさまの1年が幸多き年でありますようお祈りいたします![]()
上橋さんの作品に多く登場する、野に生きる人々。自然の驚異に対して謙虚で、動物たちと心を通わせる力をもつ人々に惹かれます。言葉で語るよりも多くのことを、まなざしの深さや行いで語り、信じることの強さを知っている人々。
自然と同じように輝き、なんて豊かな暮らしだろうとあこがれさえ感じながら読み終えました。ただその力ゆえに、文明の前で滅びゆく自然や動物たちと共に悲しい結末を迎えることになるのではと、小さな不安も。いやいや、冒険物語です。楽しみにして2へ進みます。
〈1〉で蒔かれたいくつかの種が力強く芽を伸ばし、徐々に絡み合う様相を見せてきました。その絡まりの中にこちらまで取り込まれていくようなおもしろさで一気読み。怖ろしい展開なのに、物語の世界に居心地の良さを感じていました。
登場するどの人もみな重厚で魅力にあふれています。やがてこの人々が出会ってどんな対し方をするのか…。「獣の奏者」を思い浮かべましたが、いやわたしが想像もできない結末が待っているはずと覚悟しています。
ワタリガラス、裏返す…以前に聞いた言葉も登場して、さらに楽しみが広がりました。
すぐれた戦力や文明をもち他国を統治下に置く国と、長年住み慣れた土地を追われたいくつかの小さな民族。それぞれのの思いがそれぞれの立場から描かれ、どれが正しいという答えのないまま戦が繰り返されていきます。
そこに人知を超えた怖ろしい病気が絡まり、病気に打ち勝つ体をもった者と、病気を治すために奔走する者とが「命を救いたい」という強い思いで気持ちを通わせ…と、まるで今の時代にも通じるような展開です。
でも、五感を研ぎ澄ませて生き、言葉に重みがある分、物語の人々の方が賢く思えてしまいます。惹き込まれて一気読みでした。
野に生きる主人公ヴァンの何と魅力的だったことか。病で妻と息子を亡くして絶望し、死ぬために戦い、戦いながら多くの命を救っていく…。『それが出来る者だから』『そういうふうに生まれたから』最後は自らが鹿の王となって、凶器となる犬たちを導いて森の奥へと駆けて行きました。
ヴァンの哀しみはわたしたちの哀しみで、ヴァンはその哀しみをすべて引き受けて持って行ってくれたかのようでした。
ヴァンのあとを追っていった異なる民族の若者、幼子、女。彼らがヴァンによりそい、生きる喜びを届けてくれるように祈りながら物語を閉じます。
庭に大きなポプラの木のあるアパート。亡くなった人への手紙を預かってくれる大家のおばあさん。それだけで傷ついた心が癒されそうな設定ですよね。
木はもちろんやさしく四季の風を運んできてくれるのですが、おばあさんはなかなかの人物で、子どもの主人公を甘やかしてくれるわけではないし、おっとりにこにこしているわけでもありません。
でも、年の功。相手が何を抱えているのかちゃんと見ていて、さりげなく引き受けてくれます。表に出る言葉は少しだけど、隠されている思いは大きく、その思いに触れることでまた歩き出せる…。温かい物語です。
ロバート・キャパ。「崩れ落ちる兵士」の写真と彼の名前を知ったのは、もう半世紀ほども前です。どうやってこんな悲しい写真を撮ったのだろうと衝撃を受けたことを覚えています。
そのキャパの足あとを辿りながら、沢木氏が感じ、沢木氏が見たキャパとキャパが生きた時代を、文と写真で綴っています。中心となるのはヨーロッパの大戦とスペインの内戦。
これまでに観てきた映画や読んだ本と重なり、あの時代の暗さを改めて感じながら読みました。沢木氏の文は誇張や飾りがなく素直で、だから余計に作者の思いが深く胸に響いてきます。とくに戦争の虚しさについて、キャパの時代と沢木氏が撮った現在の写真を比較して考えた ことに共感しました。
ノルマンディーの上陸で知られるオハマ海岸に遊ぶ家族。そこで死んでいった多くの兵士たちも、そんな平和な家族のときをもちたいと思っていただろうにと。
『私は、あらためて思わないわけにはいかなかった。戦争を声高に語ったり、煽ったりする人たちは、決してこのような場所で殺したり殺されたりすることのない、安全地帯にいる人たちなのだ、と。たぶん、今でも、なお。』
帯にあるように「落語」を聞いているような温かい気持ちになれる人情物語です。悪意がないと人はこんなに明るく幸せな気持ちで生きられるんだと、改めて思いました。
学問はないけど人の心を考えて行動する知恵は天才的。押したり引いたりのさじ加減も絶妙です。
余談ですが、今たくさん流れているCMのせいで、鉄斎さんが浪人姿の役所さんと重なって困りました。
にいさん いせ ひでこ
「ぼくには、にいさんがいた。」1ページ目のその1行からもうゴッホを失った弟テオの寂しさが伝わってきて、胸にこみ上げてくるものがありました。そして、孤独だと思っていたゴッホに、こんなふうに思いを通い合わせられる存在があったことに少しだけホッとし、この本と重ねながら、もう一度ゴッホの絵を辿ってみたいと思いました。
いせさんが描いた絵なのに、テオがゴッホのことを思い出しながら描いたかのように錯覚してしまいます。それだけいせさんが二人の中に入りこんでいたのでしょうか。






