11月は編み物月間でした。
読書量は半分でしたが、時間のせいだけでなく気力の問題かも…。
集中力、理解力が心配になるお年頃です^^;。
何かを壊したい、何かから離れたい、何かを乗り越えたい、せめて気持ちの上 では…。でも、そうやって超然と孤高に生きても、それが何なのと、長い長い思考と言葉のせめぎ合いの後に気づいた「余」。最後に余が持っていたものは、つまらない食料品がいっぱいつまったスーパーの袋だったという、言葉が軽く回っているようでけっこう重いものが迫ってくる作品でした。
『空は鉛色。~ 大丈夫。余は元気だ。ただ過ぎていく一さいのなかで光を浴びて余はいつでも元気だ。』読み終えてわたしも思いました。どつぼにはまっていても、わたしも元気だと。
読み終えてわたしの心に残ったのは静かな寂しさでした。多分、スティーブンスは正しく、その考え方や生き方は英国の執事のあり方そのものなのかもしれません。
仕える主人の世界が彼の世界であり、主人の考えを理解し尊重することが誇りであり、彼なりの愛情なのでしょう。人前で服を脱がないように、自分の心もさらさない。
でも、胸の中にたくさんの思い出がよみがえってきて、それを違う思い出にすることもできたのに、とは思わなかったのでしょうか。
彼が美しい田園風景にふれ、新しい主人のためにジョークを学ぼうと思った最後の場面が好きです。
複雑な思いで読み終えました。人はどれだけ歴史に翻弄されるのでしょう。
台湾が日本に統治され、日本人としての教育を受けたことは知っていたのに、日本兵として戦地に赴いた多くの台湾人がいたことは知りませんでした。横井さん小野田さんが敗戦を知らずに、ジャングルの中で孤独に生き抜いてきたその年月よりさらに長く生きていた台湾人兵士がいたことも。彼の名は中村輝夫。台湾高砂族の民族名はスニヨン。戦後国民党政権下になってからの名は李光輝。
なぜ彼が日本兵となり、戦後30年もジャングルで生きてきたのかを知ると、戦争のむごさと
教育の責任を感じずにはいられません。日本兵として戦いながら、戦後は日本人ではないという理由で補償を受けられず、国民党政権下では日本語を使うことさえ認められず生きなければならなかった人々。知らずにいることがどれほど無責任なことか、文中の台湾人の言葉に改めて思い知らされます。
『日本は戦後、戦争を否定すると同時に、戦争に参加したすべての人の存在も忘れてしまったようだ。過去に対すつ無反省、現実に対する無認識、植民地だった地域の将来に対する無方策。』『僕は命ある限り、日本の軍歌を歌いながら戦争に反対するよ。』
ミント・オイルさんのブログで知って読んだ本です。
本ではありません。我が家の「秋の庭」。





