父と母が知り合ったのは、今から40年以上も前の事。
当時、庶民にはまだ手に届かなかった洗濯機や掃除機を持っていた父と、
知人の紹介で知り合った母は、
まだその頃では珍しい、
グレープフルーツを剥いてかぶりりつくように食べていた父を見て、
「この人となら幸せになれる」
そう思ったらしい。
(要はお金持ちって事ね)
でも、その母の40年後の姿は・・・
貯金はおろか、借金まであって自由に住める家すらない。
オマケに健康な体ももっていない。
せめて健康なら、自分の小遣いくらいは稼げるだろう。
天下の東京大学を出た秀才でも、
ウチの父は変わり者。
塾の講師を続けていく器があればね・・・。
ウチは裕福だったに違いない。
でも・・・八百屋にレストラン、ウナギ屋にヤキトリ屋。
新しい商売を始める度に借金を作っては母に返済をさせてたそんな父。
(詳細はアメンバー記事になっております。)
そんな父に付いていく事しか出来なかった母。
日々の収入から、あちこちへ返済をしながらも、
それでもあたしや兄をきちんと(?)育ててくれた母。
その影には兄の非行やら、父の病気など、
いろんな苦労がありました。
そんな苦労続きの母を・・・やっぱりあたしは憎めない。
けど・・・
だからと言って、自分を犠牲にするのは限界がある。
父の借金も背負っているあたしに、
母親を押し付ける事ができる兄にも・・・
「悪いと思ってる」
と言いながら、節約もしなければ、言いたい放題の母にも。
何か小言を言われる度に、
口では何も言い返さない代わりに
心の中では随分と父や母、兄を恨み。
なんでそんな事言われなきゃいけないのよ!!!
って随分思った・・・。
「じゃあ出て行け!」
って言葉も何度飲み込んだ事か・・・。
そんな気持ちもね・・・
最初のうちは、随分彼にも聞いてもらってたんです。
でもね・・・その頃あたしに起きていた出来事は
これだけじゃなかった。
生活の変化と共に、
会社にも異変があった・・・。
前々から聞いてはいたものの、
信頼できる上司2名が退職する。
どんなに忙しくても、
ロバ君(社長)がどんなにイヤでも、
この2人が居たからこそ、やってこれた仕事だ。
その2人がいなくなる。
そしてもう1人、
年は同じでも、そんじょそこらのエキスパートとはわけが違う。
普通、CADオペはCAD、プランナーはプランニング。
解析は解析。
みんなそれぞれ、その道のプロってものがいる。
でも彼は・・・全てがプロ級だ。
CAD暦18年のあたしでも彼の速さには追いつけない時がある。
どんな事にも手を抜かず、
大手の客先から名指しでお願いされること数しれず・・・。
そんなあいつは、
いつでもあたしを助けてくれた・・・
いろんな事を常に教えてきてくれた・・・
あたしがこの会社の中で、一番信頼してた人間だ・・。
そんな人達がいなくなる・・・。
会社の中で、派閥ができ、
人間関係もすさんできてたこの頃。
彼との電話の内容は、
あまり明るい話題もなく、
母への愚痴や、
会社の内情の報告などが多くなってました。
離婚して丸2年が過ぎた頃でした。
