昨年12月にスポンサー撤退で活動停止に追い込まれた日本社会人アメリカンフットボールリーグ(Xリーグ)、旧オンワード・オークスの選手らで編成する新チームの体制が14日、発表された。チーム名は「相模原ライズ(RISE)」。特定の一企業に依存せず、神奈川県相模原市を拠点に地域密着型のクラブチームとして再出発する。
 昨季在籍した70選手のうち、約8割が残留。運営費は昨季の10分の1以下の2000万円程度とみられる。協賛企業の支援を得るほか、「RISEメイト」と名付けた会員を一般から募集し、スポーツ活動プログラムの提供などを収入源とする。将来の特定非営利活動法人(NPO法人)化も検討している。選手最年長で運営組織代表のRB石井光暢(38)は記者会見で、「企業とスポーツの在り方に一石を投じたい」と話した。

マイナースポーツではありますが、彼らの今後に期待します。まずはスモールビギニングでいいんです。すぐに大きな結果を求めずに、長い目でチーム作りをしていってください。来年には関東に戻れるでしょうから、彼らがどうなっているか(もちろんいい方に変わっていてほしいですが)期待しています。
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 プロ野球阪神タイガースが日本一に輝いた1985年、リーグ優勝に熱狂したファンによって大阪・道頓堀川に投げ込まれたカーネル・サンダース像の上半身が10日、見つかった。
 カーネルはケンタッキー・フライド・チキンの創業者で、白いひげと眼鏡姿で知られる。同社日本法人の広報室は「えっ、出てきたんですかという感じ。お疲れさまでしたと言いたい」と喜んでいる。
 高さ173センチ、重さ26キロのカーネル像が道頓堀川に投げ込まれた後、阪神は18年間リーグ優勝から遠ざかり、今も日本一になれないままで、「カーネルののろい」ともいわれた。
 同日午後、大阪市の水辺整備事業で川底をさらっていたところ、障害物に当たったため、ダイバーが引き揚げ、カーネル像と分かった。投げ込まれた地点から約200メートルしか離れておらず、黒く変色していた。
 工事監督者の林信一さん(49)は「のろいが解けて、阪神が日本一になれるといいなと思う」と笑顔を見せた。
 大阪市は11日から、下半身を捜索する予定。ケンタッキー社は返還などを含め今後の取り扱いを検討するという。

85年の優勝以来、行方不明だったカーネルおじさんが真弓の監督就任を祝って帰ってきました。もちろん「カーネルの呪い」はこれで解けました。今年こそ日本一です。

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ってことで下半身も見つかりました。無事合体して阪神の日本一も確定的です!!
 昨年12月にスポンサーの撤退で活動停止に追い込まれたアメリカンフットボールの旧オンワード・オークスが、特定企業に依存しないクラブチームとして新たな活動を始めることになった。新チームの自主運営事務局が4日、明らかにした。
 本拠地を神奈川県相模原市に置き、地域住民や企業から幅広く支援を得て活動を続けたいとしており、14日に記者会見して新チーム名や運営体制を発表する。Xリーグでは今年、3部で試合をすることが決まっている。

まずは第1歩といったところでしょうか。一部のファンは3部からの再スタートを疑問視する向きもあるようですが、私としては彼らにとってはその方がいいと思っています。
Xリーグ1部の各チームは現在の厳しい経済状況で運営費の捻出に苦労していることでしょう。旧オンワードのチームが会社の脱退届けを撤回して1部に残れたとしたら、プレイ以外の部分で時間を大幅に消費してしまうことになったでしょう。3部から再スタートすることで、資金面でも徐々に力をつける時間的余裕が持てたのではないでしょうか。

後は新たにフランチャイズとなる相模原で底辺を拡大して、地力をつけてもらいたいものです。もう少しマスコミをうまく使うと、注目度も上がるんですがね
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正月以来、久々にさいたまに帰ったところ、また犬が増えていました。

3匹目のトイプードルはレッドの「クレア」(右側)です。女性でなくなった「シエル」とひなたぼっこしております。

昨晩の続きです。

審判仲間でもあり、私の2度にわたる東北勤務での審判活動で、いつも笑顔を絶やさず、一緒に活動していた佐々木稔さんが1月3日に交通事故で亡くなり、そのお通夜が仙台で行われました。当然参列するつもりだったのですが、20日の夜から北海道の海上に台風並みの低気圧が発生、秋田県内も含めて陸上でも10mを超える強風が吹き、雪も断続的に降り続いている天候でした。


21日の天気予報は、秋田県内は吹雪、宮城県内は曇り時々晴れでしたので、高速道路の通行止めや、高速に乗れても速度を出せないと予測し、通常なら高速で3時間足らずの秋田-仙台間を6時間かかると予想し、午前10時に出発しました。ETCは搭載していない、19万キロ以上を走っているFRのマークⅡ(以前の雪関連ブログで掲載しています)ですので、駐車場の凍結路面から注意して運転しなくてはなりません。ちなみに先日スノボをしに来秋した下の娘の彼氏は、駐車場を出ようとして見事にスピンしたそうです(笑)。天候は強風でしたが、雪はそれほどの強さでもなく、いつも利用している秋田中央ICを目指しました。ところが、「湯田-北上・吹雪通行止め」の案内が・・・・この湯田-北上間を平行して走る国道107号では、一昨年の春、いわゆる「ブラックバーン」で当時の4WDがスリップし、トンネルの側壁に単独激突するという忌まわしい過去があります。とりあえず、近くまで行くことにして国道13号を下り始めました。横手まで約2時間。昼食はB級グルメとしては有名な「横手焼きそば」にしました。大盛り卵付きで600円!さすがB級という感じですが普通のソース焼きそばに目玉焼きがトッピングされ、紅しょうがの代わりに福神漬けがついているというだけのものなのですが。

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昼食が終わった辺りから雪の降り方が激しくなり始めました。高速道路の表示は相変わらずの通行止め。仕方ないので13号線で山形に入り、47号か45号で宮城に入るというルートに変更しました。47号は山形県の新庄市から宮城県の鳴子を通り旧古川に抜けるルート。45号は山形県の東根あたりから仙台に抜けるルートです。

県境を過ぎると雪の降り方が一層はげしくなってきました。どちらの山越えのルートも経験していますが、仙台にダイレクトで抜けるルートの方が山道が険しかったという記憶があり、新庄に入ったところで、47号を選択することにしました。路面は圧雪状態でしたが、都会と違って信号がほとんどないので、スムーズに山越えルートに入りました。ところが、雪の降り方が半端じゃないものになり始めたのです。


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比較的視界がある状態での撮影ですら、これですから、横殴りの風が吹いての降雪では前方の車のテールランプが見えるかどうかという感じでした。ここまで来てしまえば引き返すことはできません。ひたすら宮城県の天気予報の「曇りときどき晴れ」を期待して県境を目指しました。


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そして県境付近。もはやセンターラインは見えず、先行する車の後ろを見続けての運転となりました。対向車が来ると必要以上に左に避けますので、路肩の除雪の塊になんどか突っ込みかけました。

ようやく宮城県に入ったのですが、雪の勢いはまったく衰えませんでした。結局斎場に到着したのは夕方の4時半を回っていました。


お通夜は予定通り午後5時からでした。自衛隊に在職されていたので、制服の参列者も多く、カーキ色の陸上自衛隊の制服が全体の2割ほど。現職の東北方面総監、中部方面総監が防大の同期ということで、生花も届いていました。東北審判の副部長と一緒に奥様、2人のお嬢様にもご挨拶、「関東の時からご一緒していました」と言うと「いつも秋田からいらしてたそうですね。よく主人から話を聞いていました」とのこと。一緒に自己に巻き込まれた奥様でしたが、「主人は最後までフットボーラーでしたよ。私をずっと庇ってくれていました」という言葉が印象的でした。

軽食を用意されていたのですが、路面の凍結を恐れて私は先に失礼することにしました。が、これが状況判断の間違いでした。


斎場から一番近い高速のICは「仙台宮城」なのですが、ここへ行くには仙台の中心街を通過しなければなりません。道の混雑を考えて、4号線を下り、泉ICから東北自動車道に乗ることにしました。泉までは多少の混雑でしたが約30分で到着。そのまま高速に乗ってしまえば遅くとも9時過ぎには秋田に着く、とおもったのですが高速の案内表示で今度は「大衡-築館・吹雪通行止め」の案内が出ていたのです。仕方ないので築館まで4号線を下ることにして泉を通過しました。国道4号線はこの大衡村付近で2車線が1車線になり、古川の手前で再び2車線になります。ここがくせものでした。1車線になる3kmほど手前から渋滞が始まりました。まったく動きません。信号は車線が減少するところまで2ヶ所。ここで引き返して山形経由で海沿いを北上するルートもあったのですが、海沿いの強風を考えて(どうせ事故かなんかだろう)と渋滞に身を任せることにしました。ここの15キロほどを抜けるのに約2時間、時計の針は午後9時になっていました。ラジオのニュースでは吹雪通行止めの区間は午後7時過ぎに解除されていました。Uターンして手前の高速に乗ることも考えましたが、せっかく渋滞の中ほどまで進んでいたのでそのままにしていました。結局渋滞の原因はわからず、路面凍結を怖がったサンデー(サタデー)ドライバーが必要以上に慎重運転をしていたのと、合流地点での大型トラックの横入りなどが原因だったようです。

ようやく古川ICから東北自動車道に入り、午後9時半に長者原PAでこれまたご当地メニューの「牛タン丼」を夕食にしました。PA内の交通情報では「秋田道、すべり止め必要」の文字が・・・・つまり路面が凍結しているということなのでした。


午後10時半頃にその秋田道に入りました。情報の通り路面は凍結しています。速度は50kmに制限されていましたが、私は70~80kmで走行しました。



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前にも後ろにも車がおらず、街路灯ももちろんない秋田自動車道。路面のわだちに沿って走るしかありません。秋田に着任して3度めの冬の高速で、この日初体験をしました。それは、北上から秋田道に入って秋田中央ICで秋田道を降りるまで、私の車の前にも後ろにも同じ方向に走る車が1台もいなかったのです。日付が変わろうとしている午後11時半過ぎに、ようやく会社の駐車場に到着。実は路面の状態が一番悪かったのは会社の付近の道でした。この日一番の慎重運転をして、徒歩3分の自宅へ。とりあえずの予告ブログをアップして爆睡いたしました(笑)。