いくら美男美女でも、これをやっちゃおしまいよ! 参加中

私が現役の頃、1月の末に「ジャパンボウル」という全米学生の東西対抗オールスター戦がありました。ハワイで行われる「フラボウル」のメンバーがそのまま来日してゲームを行うというもので、私は第2回と第3回の場内放送を担当しました。
当時はアメフトの第2次ブームで、一般の観客もかなり入場し、会場の国立競技場は数万人で溢れていました。アメリカのカレッジフットボールの中継、4大ボウルゲームも地上波TVで見られた頃ですから、そこで活躍しているプレイヤーが生で見られることに観客も興奮していました。

それが起きたのは、試合が終わった直後のことでした。慣れないカタカナばかりのメンバー表で、目がチカチカしていたものの、場内放送を終えてほっとしていた時、興奮した観客の一部が、あの国立競技場の観客席からグランドに飛び降り、選手達に向かって来たのです。最初は一人か二人だったのでしょうが、それを見ていた他の観客も次々に飛び降り出し、私が気付いた時にはかなりの人数がグランドにいました。

もちろん場内放送で再三「グランドには降りないで下さい」と呼びかけましたが、どうやら逆効果だったようです。最後の方には「ゴラァ!グランドに降りるんじゃねえっ!!」とまで叫んだのですが・・・・(笑)

混乱がある程度収まり、乱入した観客も排除した後、グランドの後片付けをしていた学生から驚くべき報告が次々とありました。なんとヤード板(10ヤードごとに置くオレンジ色の表示板)やパイロン(やはりオレンジ色でエンドゾーンの回りに置いてある30cmほどの四角柱)がほとんどなくなっていたのです。乱入した観客が記念に持ち帰ったようでした。

乱入者に美男美女がいたかはわかりませんが、その時に浮かんだのは、フーテンの寅さんの「それをやっちゃあ(原典は「それをいっちゃあ」)おしまいよ」でした。
年末年始、何をする? ブログネタ:年末年始、何をする? 参加中
アメフトの年末年始といえば12月中旬の甲子園ボウルと1月3日のライスボウルですよね。学生日本一になったチームにとってはクリスマスも正月もライスボウルが終わってからなのでしょうが、実は暮れも押し詰まった12月29日に入替戦の審判をやったことがありました。

どのような日程調整でそうなったのかは忘れましたが、とにかく1試合だけ未消化になってしまったようでした。仕事納めも終わった翌日で、急に設定されたために審判も無理がきくメンバー、グランドに至っては唯一融通のきいた志木の聖棒(セントポールと読んで下さい 笑)でした。前日までの雨でグランドは泥田のようで、気温も5度を下回っていました。
当時の関東審判部は、長袖のゼブラシャツの着用が禁止でした。つまり、半袖・・・・当時の審判規定では「アンダーを着込むことで防寒対策をせよ」となっていたのです。
ただでさえ年末のクソ忙しい時なのに、雪でも降ろうかという天候で半袖でした。

試合の内容なんぞは覚えていません(笑)もちろんキッチリゲームセットまでこなしました。が、ぐちゃぐちゃのグランドコンディションの上に、あろうことか雨が降り出し、ついにはみぞれになってしまったのでした。試合後に泥のこびりついたスバイクを外の水道で洗う間にもミゾレは降り続いていました。

その年以降、11月に入っての試合には長袖のゼブラシャツ着用が許可されたのは言うまでもありません。もっとも後にも先にもあの時のような日程で試合が組まれたことはないのですが・・・・

ペットなら、犬?猫?どっちがいい? 参加中

今でこそ4匹の犬で賑やかな我が家ですが、最初に飼っていたのは猫でした。横浜の県営住宅で捨て猫を娘が拾って来たのがその第一号だったのです。
カミさんも私も犬派でしたから、いずれ犬を飼いたいとは思っていたのですが、そんな我が家に犬がやって来たのは私が単身赴任で岡山にいた時でした。
約3年後、下の娘の小学校入学を期にこの単身赴任は解消され、岡山での一家4人+1匹の生活がはじまりました。直後には1匹ではかわいそうだということで、2匹目のヨークシャーが加わりました。そんな4人と2匹で私の審判に出かけたある日の出来事です。

関西審判部が私を快く迎え入れてくれたことは前に書きました。10年以上の経験があったので、転勤当初からほぼフルでアサインされ、それは家族が合流してからも同じでした。試合会場は大阪や神戸ばかりでなく、地元岡山や姫路などもありました。



その日の会場は姫路にある緑の怪物の姉妹校のグランドでした。秋晴れの予報でもあったのでカミさんがお弁当を作り、ドライブを兼ねて家族全員で姫路に出かけました。犬達は久しぶりに長い時間外にいられるのでおおはしゃぎでした。
第1試合が終わり、カミさん手づくりの弁当を食べて、第2試合の最中にそれが起こりました。


ハーフタイムで私とじゃれていた♀のヨークシャーが、試合の最中にグランド内に侵入してきたのです。匂いなのか姿なのかは定かではありませんが、私に向かってまっしぐらに突入してきました。

アメフトの反則でいえば「無資格犬のダウンフィールドへの進入」(笑)なのですが、

もちろん試合は一時中断、飼い主が恋しくて私に向かって走っていただけの我が愛犬は、カミさんにこっぴどく怒られてました。

いやあ、復活した途端に連チャンで投稿しております。
聖地駒沢では、当時甲子園ボウル出場を決める関東選手権が行われていました。もちろん大本命は不死鳥。ところがリーグ戦では優勝するのですが、私が3年4年の時には、2年続けて準決勝で関東8大学リーグのチームに破れていました。3年の時は地元の金熊、4年の時は湘南の海神に破れていたのです。
片や東京7大学リーグの2位だったのは、八幡山の鳥神で、私の1つ下のQBM田を中心に2年とも順調に決勝に進出していました。
あれは関東選手権の決勝が鳥神と海神の対戦となった年でしたから私が4年の時のことでした。学連執行部ですから決勝当日は朝8時過ぎには会場の駒沢陸上に着いて、当番校に指示をし、私自身は毎度の放送席にスタンバイしていました。
試合は鳥神がオプションで時間を使いながらリードを保って後半に入っていました。私の放送席は緊迫した試合内容とはウラハラで、お菓子をつまみながら放送スイッチのオンオフを切り替えながら雑談を挟みつつ進めていました。

(スイッチオン)「鳥神第1ダウンの攻撃、QBM田からハンドオフを受けたRBM川が中央突破、5ヤードゲイン」
(スイッチオフ)「今日寒いよねえ」
(スイッチオン)「おっとここで海神がタイムアウトです」
(スイッチオフ)「まだタイムアウト早いんじゃないのかねえ」

こんな感じで試合が進んだ鳥神の第4ダウンでした。自陣深いところだったので鳥神はパント体型、海神はブロックを狙ってリターナーを一人にしたラッシュをかけようとしていました。何気なく海神のプレイヤーを数えていた私があることに気付きました。

(スイッチオフ)「1・2・3・・・・11・・・12ぃ?」

そう、海神は12人でプレイしていたのです。審判は誰も気付いていません。放送席は大騒ぎになりました。「おいおい気付いてないぞ」
まさか放送するわけにもいきません。ボールはスナップされ、ブロック寸前でパントが蹴られました。

今ならさしずめ「やっちまったなあ」とでも言うんでしょう。結局試合は42-21のダブルスコアで鳥神が2年連続の甲子園ボウル出場を決め、甲子園では関学と最後まで勝敗がわからないという死闘を演じたのでした。
聖地駒沢は私が経験しただけでも、いろいろな伝説を残している場所でもありました。
あなたに大きな影響を与えた土地は? ブログネタ:あなたに大きな影響を与えた土地は? 参加中

今でこそ関東アメフトの聖地はアミノバイタルフィールドになっていますが、私が現役の頃は、聖地といえば駒沢第二グランドであり、駒沢陸上でした。
学連執行部のお手伝いを始めた時に場内放送も役目として承っていたのですが、当時の駒沢では一日3試合があり、第1試合はさつきやローズ、首都8といった格下リーグ、第2試合が関東8、メインゲームの第3試合が東京7という試合配分でした。
その日は第1試合が吉祥寺の欅と世田谷の橙光線の対戦でした。私自身がさつきリーグ、しかも各所属チームのメンバーはほとんど頭の中にインプットされています。当日は場内放送の予定はなかったのですが、私はハンドマイクを握り、おもむろに場内放送を始めました。
朝の早い試合でしたから、観客はほとんど関係者ばかりでしたが、突然始まった場内放送にびっくりしながらも喜んでくれていたようでした。
第1試合が終わり、次の試合は地元の金熊(当時)と横須賀の士官候補生、第3試合は不死鳥と斧という一般の観客も入場が期待できる2試合でした。

が・・・・

私自身が本来の学連の仕事も忙しくなったという理由もあったのですが、この2試合の間、フィールドに響いていたのは審判の笛と、チームの掛け声だけでした。

そう、場内放送は第1試合だけだったのです(笑)
当時の学連委員長は欅のH川でしたが、試合がすべて終わった後、「今日の場内放送はさつきの試合だけで『最高』だった」と爆笑されたのを覚えています。

ということで「私に大きな影響を与えた土地」は駒沢オリンピック公園なのでした。