1 やってきました合衆国。緯度は東京より北なのだが、意外に陽射しは強い。そんなことより、タバコが吸いたい。国内線に乗り換える前にターミナル前の喫煙所にとりあえず向かう。迫害されたアメリカの愛煙家が何人も紫煙をくゆらしている。灰皿だけでなく、そのまわりにも吸い殻があちこちに捨ててある。いくら吸ってもいい場所でも、これはないよなあ。12時間振りの一服は肺の隅々にニコチンを行き渡らせた。

国内線へのシャトルに乗る。構内線なのだろうか、乗車は無料だ。もちろん周りは英語が飛び交っている。完全にお登りさん状態の私は空港内の売店が気になって仕方ないのだが、S君は目的地に着くまでは責任があると思っているのか、売店などには目もくれず、ひたすら空港の案内図に見入っている。

2 国内線ターミナルに着いた。ダラス行きの搭乗手続きは始まっていた。ここから約4時間のフライト、午後6時にダラスに着き、6時半のローカル線に再度乗り換えねばならない。チェックインカウンターの黒人女性がなにやらS君に熱心に説明している。
私「なに言ってるの?」
S「ダラスで乗り換えの時間がないって言ってます」
私「そんなんチケット見ればわかるじゃん」
S「そうなんですけど、かなりしんどいらしいですよ」
私「どんな風にしんどいの?」
S「到着ゲートからローカル線まで500メートル以上あるみたいです」
ついに彼女は身振りでも「ダッシュ、ダッシュ」と言いながら両手を陸上選手よろしく振り出した。

現役の審判が二人、ダラス空港の中を大きな荷物を引きずりながら走るわけだ。出たとこ勝負だなあ。ここでもノーテンキな私である。
国内線だからスチュワーデスは外人さんオンリー。シカゴからダラスに行くらしい日本人の姿も見えない。乗ってしばらくするとスナック菓子が出た。飲み物を聞かれて私はオレンジジュース、S君はしっかりビールを注文していた。トラブルの第二幕が上がろうとしていた。

3 時間は午後5時を過ぎようとしていた。
最初の異変は窓越しに現れた。遥か彼方ではあるのだが空一面が雲で覆われ、稲光が見えたのだ。広いアメリカ大陸だから、稲妻くらい見えるんだろう、と思っていたら、次は目の前のディスプレイが異変を映し出した。

航路が白い線で表示されるのだが、そこには同じ所をグルグル回っている状態が表示されていたのだ。

私「なんじゃ?この表示」
S「同じ所を回ってますね」

その間にも時間は刻々と過ぎ、5時半になっていた。いつ頃から旋回を始めたのだろうか。隣に座るS君が苛々しだすのがわかった。時計の針は5時45分を示している。おもむろに機内アナウンスが流れ出した、もちろん英語で。
途切れ途切れの単語しか聞き取れないが「ダラス」「サンダーストーム」などと言っている。どうやらダラス空港の上空に雷雲が居座っていて、着陸できないので旋回しているらしい。

6時をまわった。S君の苛々は頂点に近づいているようだ。私はというと、(もう無理だな)とあきらめていた。今いるところがダラスからどのくらい離れているのかも見当がつかない。ディスプレイは相変わらずクルクル回る航跡を示し続けていた。

                                          (続く)



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