死ぬことより辛いこと | 高校生から見た人生

死ぬことより辛いこと

私はどうやら存在感が薄いみたい

たまに、と言っちゃうにはあまりにも多いけど

私の発言、存在が無視されることがある


それはわざとやってるような悪意を感じない

本当に"見えてない"、"聞こえてない"ようなそんな感じさえする


思うんだけど

もし死ぬことより辛いことがあるとするなら

自分の存在がなかったことになることなんじゃないかな


誰にも見えない、誰にも聞こえない、誰にも存在を肯定されない

そんな空気のような、幽霊のような存在

薄すぎて見えないような存在


それってすっごく悲しいと私は思うんだ


なら今の私は?

それは、私だって誰にも見えてないような状況は

悲しくない、辛くないと言ったら嘘になる


でもそれは心の奥底で求めていたことで

自分がいつ死んでもいいようにって数年前に祈ってたこと


もし私が死んでも誰の記憶にも濃い記憶がなければ

悲しむ人はいなくて済む、そんなことを私は小学生の頃から考えてた


でもそういう逃げにも似た考えを持っていた自分が嫌いでもあった

表面的にはなんともないフリをして

内面で物凄く泣いてた自分が嫌だった、大ッ嫌いだった


そんな弱くて情けない自分がとても愛しくて大好きでもあった

自分で自分をよく抱きしめてたっけ・・・


でもね、いつからか

私は気付かない間に祈ってた

"私が人間として誰もがそれぞれ持っている才能すら全部捨てても

 私の存在を消さないで"ってね

叶うか叶わないかなんて分からない

どこにも確証なんてないけど、きっと大丈夫


世界には強く祈り続ければ

邪な祈りじゃなく、純粋なものだったら

きっと叶うって信じてるから


死ぬことよりも辛いようなことを架すような

そんなに神様は残酷じゃないことを祈りたい