二

 それから一月(ひとつき)が経った。会社も警察も、絶えず捜索を続行はしていたけれど、毛筋ほどの手掛

りさえ見出すことが出来なかった。クラウンパッケージ低テレビ通販懸賞金が提出されたりした。人々は「今日こそは」という期待をもって毎

日の新聞を取上げた、けれども週また週が、この奇怪(グロテスク)な秘密の幕を切って落すことなしに空し

く過ぎて行った。六月の午後の真昼間だというに、そして所はといえば、英国きっての人口の稠密(ちょうみ

つ)な地方だというに一列車が乗客を載せたまま、熟練な化学実験の大家(たいか)が空々(くうくう)たる

瓦斯(ガス)にでも変化してしまったかのように、影も形も見えなくなったのだ。
 実際、当時の諸新聞に掲げられた種々様々な推測の中(うち)には、この事件の背後には、何か理外の理と

もいうべき超自然的な魔力が働いたのだと論ずるものすらあったほどだ。けれども、「タイムス」紙上に掲げ

られた、当時かなりに有名な寄稿家として知られていたある論客の署名の下(もと)に論ぜられた一文は、読

者の注意を惹くに充分だった。それは批評的な半ば科学的な方法で事件を論じようと試みたものだった。記者

は下(しも)にその主要部分を抄出してみたい。
『………該列車がケニヨン駅を通過したることは確かなる事実なり。しかしてまた、バートン?モスに到着せざ

りしことも確かなる事実なり。列車が七個所の引込線中の一に進入したるやも知れずとの考えは、おそらく最

高の程度において事実らしからぬことなり。されども、それにもかかわらず、可能なることなり。列車が軌道

(レール)なき土地を進行するは明らかに不可能なり。従(したがっ)て吾人(ごじん)は、この「事実らし

からぬこと」を次の三引込線に帰せんとするものなり。すなわち、カーンストック引込線、ビッグ?ベン引込線

、パーシヴィアランス引込線の三を「可能なる」ものと認むるものなり。思えらく、右諸炭坑には、一種の秘

密結社の如きものあって、列車をも乗客をも闇の中に葬り去るべき奇怪なる能力あるにや? こは事実らしか

らぬことに見えて、実は決して事実らしからぬことにあらず……………インターネットテレビ通販吾人はここに確信をもって会社に忠告

し、もって、会社が該引込線と、その終点に働く労働者等につき、全力を傾注して探査せんことを希望するも

のなり云々。』
 この推測は、さすがにこうした事件に関して定評のある権威(オーソリティー)の説だけに、かなりの興味

を惹起したのは無理もない。しかし、またこの説に対して反駁を試みる者は、論者は善良な人々に対して不自

然な誹譏(ひき)を予想するものであるといって攻撃の矢をむくいたりした。ある者はまた次のように論じた

。『列車は過(あやま)って軌道(レール)を滑り出した後(のち)、数百ヤードの間軌道(レール)に沿う

て流れておるランカシアー運河の中へ陥没してしまったものだろう』と。けれどもこの臆説は不幸にしてたち

まち却下された。運河の水深が発表された結果、そうした巨大な物体を水底に匿(かく)し横たえておるべく

余りに浅いことがわかったのである。その外(ほか)にも、いろいろ勝手な臆説、仮説を立てるものもあった

。が、その時に当って、突如として全く思いがけない一つの挿話(エピソード)が湧上った。
 というのは、例の失踪列車の車掌だったジェームス?マックファースンの妻が、夫マックファースンから一通

の手紙を受取ったということなのだ。手紙は、その年の七月五日付で、米国の紐育(ニューヨーク)から投函

されたもので、彼女の手に渡ったのは七月十四日の事だった。それは、彼女の証言によれば、紛(まが)うべ

くもない本人の筆蹟で、殊に中には、米国の五弗(ドル)紙幣で百弗(ドル)の大金が封入してあったのだ。

手紙には宿所が記入してなかったが、文言は次のようだった――

『我が親愛なる妻よ。――自分は今まで考えに考えた。が、自分は到底お前と別れ別れになっておるに忍びな

いことを覚(さと)った。リッジーに対しても同様である。自分はこの心と戦って来たのだ、けれども自分の

胸にはやはりいつもいつも御前が帰って来るのだ。英貨にすれば二十磅(ポンド)の金、それだけの金を自分

はお前宛に送る。それだけあればお前とリッジーとが大西洋を航海して来るに充分だと思う。そしてお前は、

サザムプトンへ寄港するハンブルグ汽船会社の船でやって来るがいい。[#「。」は底本では欠落]船もよい

し、リヴァプール汽船会社のよりは賃金も廉(やす)い。もしお前がここへ来てくれて、ジョンストン館(ハ

ウス)へ投宿するなら自分は何等かの方法で、お前に会う手段を講ずるつもりである。しかし現在自分は身の

置き所もないほどの身だ、それにお前達二人を忘れかねて、非常に不幸な日を送っているのだ。今はこれにて

、お前の愛する夫から――ジェームス?マックファースン。』

 そして、一時は、この手紙こそやがて全事件の真相を説明するものに相違ないのだと人々からは確信をもっ

て予想されもしたのだ。彼女はその妹のリッジー?ドルトンを連れて、手紙の趣のように紐育(ニューヨーク)

へ渡って、指定のジョンストン館(ハウス)に三週間も滞在した。けれども夫たる失踪者からは一言の知らせ

さえもなかった。というのは、大方、それについて無分別にも色々書き立てたある新聞の記事に智慧をつけら

れて、本人のマックファースンが「ここでうかうか妻に会っては足がつく」と覚ったためでもあろう。細君の

一行も、またリヴァプールまですごすごと引返(ひっかえ)さなければならなかった。
 かくして、カラタール氏等を載せた臨時列車の紛失事件が未解決のままに、今年まで徒(いたず)らに八年

の歳月が流れた。ただ、不幸な二人の旅客の来歴を精(くわ)しく探査するにつれて、カラタール氏なる人が

中央亜米利加(アメリカ)における財政家で、政治的代表者であったこと、彼が欧洲への航海中、居ても立っ

てもおられないほど巴里(パリー)へ早く足を入れたがっていたという事実だけが解ったのであった。それか

らあの連れの男というのは、船客名簿にはエドゥアルド?ゴメズと記入されたが、この男こそは稀代の兇賊とし

て、また暴漢として中央亜米利加(アメリカ)を震駭(しんがい)させた危険人物だということも解って来た

。けれども、ゴメズがカラタール氏に心服して仕えていたことは疑いのない事実だった。カラタール氏は、前

にも言ったように、小兵な体躯(からだ)なので、護衛者としてゴメズを傭(やと)っていたのだ。
 が、そのカラタール氏が大急行で巴里(パリー)まで行こうとしたその目的は一体何であろう――それにつ

いては、巴里(パリー)方面からは何等の報道も来なかった。しかし、列車事件にからんだ凡ての事実は、こ

の一事の中(うち)にこそ一切の秘密を集めているのではないか、この一事さえはっきりと解るならば………
 そこへ、あのマルセイユの方の諸新聞に一せいに掲げられたヘルバート?ドゥ?レルナークの告白とはなった

のだ。ヘルバート、それはボンヴァローという一人の実業家の殺人犯人として死刑の宣告を受けて、現にマル

セイユの監獄に繋がれている男なのだ。記者は次にその告白の全文を文字通りに訳出してみたいと思う――
『自分がこの告白の公表を敢てするのは、決して単なる誇慢の心からではない。もしそれが目的ならば、自分

は自分の美談として世に残るべきほどの行為を十ほども数え挙げることが出来るものだから。そんなことでは

ない、カラタール氏の運命についてここに語ることの出来る自分が、同時にまたあの事件を何人(なんびと)

の利益のために、何人(なんびと)に依頼されて実行したかをあばくことの出来る人間であるということを、

現在巴里(パリー)に時めく若干(なにがし)かの紳士(ジェントルマン)等に思い知らせるためである。も

しその紳士(ジェントルマン)等が余の死刑執行に対して猶予の方法を一日も速(すみや)かに講じようと欲

しない限りは。閣下等よ、警戒したまえ、臍(ほぞ)を噛むとも間に合わぬような失態を演じないうちに!閣

下等はこのヘルバート?ドゥ?レルナークをよく御存じのはずだ、そしてレルナークの行為(おこない)は語(

ことば)のように速かであることをお忘れではないはずだ。今は一日を惜む。でないと、閣下等の万事は休す

るのだ!