「ここでのんびり議論してるわけにはいかん」とトムが苛立って言った。ぼくらの後ろのトラックから罵るよ

うなクラクションが飛んできていた。「ついてきてくれ、セントラル?パークの時計 メンズ,スイス 時計南側、プラザ?ホテルの前まで

行こう」

何度か、トムは首ごと後ろを振りかえってかれらの車がついてきているかどうか確かめ、差が開いたときには

スピードを落とし、かれらの車が視界に入ってくるまで待った。おそらく、かれらが脇道に入りこんで、かれ

の人生から永遠に姿を消してしまうのを怖れていたのだと思う。

けれども、かれらはちゃんとついてきた。それでぼくらは、いつの間にか、プラザ?ホテルのロビーに向かうと

いう挙に出ていた。

長丁場のかしましい議論は、あの部屋にぞろぞろと入ったところで打ちきられたのだけど、その議論の内容は

もう記憶に残っていない。もっとも、議論中の肉感的な記憶、つまり、ぼくの下着がまるで足に巻きついた水

蛇のように這い登ってきたあの感覚、背中を断続的に滴り落ちる水滴の冷たい感触は、よく覚えている。この

案を言い出したのはデイジーで、もともとはバスルームを5つ借りて水浴びをしようということだったのだけど

、それがもっと具体的な形になって、「ミント?ジュレップ(ウイスキー?ベースのカクテル)を飲める場所」

に落ち着いたわけだ。ぼくらは口々にそれを「クレイジーなアイデア」だと言い放った――ぼくらは面食らっ

ている受付に一斉に話しかけながら、自分たちがいまから何か笑えることをやろうとしているのだと思った。

あるいは、そう思っているふりをした……

通されたのはむっとする大部屋だった。もう4時だというのに、開けっぱなしの窓から入りこんでくる空気は、

セントラル?パークからの生ぬるい風のみ。デイジーは鏡の前に立ち、ぼくらに背を向けたまま、髪を整えはじ

めた。

「立派なお部屋ですこと」とジョーダンが感心したようにつぶやいた。ぼくらは声をあげて笑った。

「もうひとつの窓も開けてよ」とデイジーが振りかえることなく命じた。

「もう全部開けてある」

「じゃあ、電話で斧を取り寄せて――」

「要は暑さを忘れることだ」とトムがいらだたしそうに言った。「愚痴ったところで余計暑く感じるだけだぞ

」

ウイスキーの瓶からタオルをほどき、テーブルの上に置く。

「どうしてそっとしておいてあげないのです、親友?」とギャツビー。「街にきたがっていたのは、他ならぬ

あなたなのですよ」

しばらく沈黙がつづいた。電話帳が留金から滑り落ちてばさりと床に落ちた。それを見たジョーダンが「失礼

しました」とふざけてみせた――が、今度ばかりはだれも笑わなかった。

「ぼくが拾うよ」

「私がやります」と言ったギャツビーは、千切れた紐を点検し、「ふむ!」という不思議な声を発すると、電

話帳を椅子の上に投げ出した。

「なかなかたいそうな言葉遣いですね、そうじゃありませんか?」とトムが切りこむように言った。

「何がです?」

「その、『親友』にはじまるしゃべり方ですよ。どこでお拾いになったんですか?」

「ねえトム」とデイジーが鏡から振りかえって言った。「個人攻撃に出るつもりなら、わたし、いますぐにで

も帰っちゃうからね。電話して、ミント?ジュレップ用の氷を頼んでよ」

トムが受話器を取り上げたとたん、濃密な熱気が爆発して音と化し、階下の大広間から、メンデルスゾーンの

『結婚行進曲』の大げさな演奏が響いてきた。

「冗談じゃない、この暑い中に誰かと結婚するなんて!」とジョーダンが憂鬱そうに言った。

「それがねえ――わたしも結婚したのは6月半ばだったのよね」と、デイジーが昔を振りかえって言った。「6

月のルイビルよ! だれかが倒れちゃってたな。倒れたの、だれだったっけ、トム?」

「ビロクシー」とトムが短く答える。

「ビロクシーってひと。“石くれ(ブロックス)”ビロクシーって言ってね、ボックスを作ってるひとなのよ

――本当よ――しかも、生れがテネシー州ビロクシーでさ」

「そのひと、うちにかつぎこまれたのよね」とジョーダンが後を継ぐ。「うちは教会から2軒めのところにあっ

たから。そのまま3週間も居座ってくれてさ、結局、パパから出て行ってもらわないと困るって言われてやーっ

と出てったんだから。出て行った次の日にパパが死んで」すこしだけ間を置いて、こうつづけた。「別に関連

があるわけじゃないんだけど」

「メンフィスのビル?ビロクシーってひとなら知ってるけど」とぼくが言った。

「それは従弟なんだって。出て行くまでにあのひとの家族のことを何もかも知っちゃってね。あのひとがくれ

たアルミニウムのパター、今も使ってるのよ」

式典の始まりとともに音楽がやみ、長く尾を引く喝采が窓のところから聞こえてきた。それに次いで「よッ―

―よッ――よッ!」という掛声が響きわたると、ついに、ダンスの始まりをつげるジャズが炸裂した。

「年をとったものね、わたしたち」とデイジーが言った。「若ければ、腰を上げてダンスってところなのに」

「ビロクシーの二の舞になりそうね」と、ジョーダンが警告するように言った。「ビロクシーとはどこで知り

合ったの、トム?」

「ビロクシーと?」かれは骨を折って話に集中していた。「おれの知った顔じゃなかったよ。デイジーの友だ

ちだ」

「それは違う」とデイジーが否定する。「会ったことないひとだったもの。あなたが借り切った列車できてた

」

「ふうん、あいつはおまえの知り合いだって言ってたがな。ルイビルで育ったとかで。エイサ?バードが直前に

なって連れてきて、開いた部屋がないかって聞いてきたんだ」

ジョーダンは苦笑した。

「たぶん、故郷に帰るまでの道々、あちこちにたかっていったのよ。エールではあなたたちのクラスの級長だ

ったって言ってたっけ」

トムとぼくとはぽかんとしてお互いを見やった。

「ビロクシーだってえ?」

「第一、おれたちには級長なんてなかったし――」

落ちつきなく床をとんとんと踏み鳴らしたギャツビーに、トムが不意に目を向けた。

「それはさておき、ミスター?ギャツビー、あなたはオックスフォードの卒業生なんでしたね」

「正確にはそうではありません」

「まさか。オックスフォードにお行きになったものと思っていたんですが」

「そうです――オックスフォードに行きましたよ」

間。それからトムの、不信に満ちた蔑むような声。

「ビロクシーがニュー?ヘイブンに行ったのとほぼ同時期に、あなたもオックスフォードに行っておられたんで

しょうね」

さらに間。ウェイターがドアをノックし、砕いたミントと氷を持って入ってきたけれども、かれの「ありがと

うございます」と静かにドアを閉める音によっても、沈黙は破られなかった。とうとう、ことの詳細が明らか

にされた。

「行った、と申し上げたはずですが」とギャツビーが言う。

「確かにそうお聞きしましたが、いつのことかを知りたいんですよ」

「1919年のことです。5ヶ月だけしかおりませんでした。そういうわけですから、私は自分のことを本物のオッ

クスフォードの卒業生とは言えない訳です」

トムは周囲を見渡し、自分の不信がぼくらに反映されているかを確かめた。が、ぼくらはみんなギャツビーに

注目していた。

「休戦後、一部の将校にはそういうチャンスが与えられたのですよ」とかれは言葉をつづけた。「イギリスと

フランスのどこの大学にも行かせて貰えたのです」

ぼくは立っていってかれの背中をぴしゃりと叩いてやりたくなった。以前にも経験したかれへの完全な信頼が

、いま新たに上書きされていたのだ。

デイジーが立ちあがり、かすかに微笑みながら、テーブルについた。

「ウイスキーを開けてよ、トム」とデイジーが言った。「ミント?ジュレップを作ってあげるから。そしたら自

分がどんなに馬鹿だったかって分かるでしょ。ミントよミント、世界でいちばん……」

「ちょっと待てよ」とトムが噛みつくように言った。「もうひとつ、ミスター?ギャツビーに聞いておきたいこ

とがある」

「どうぞ」と、ギャツビーが慇懃に応じる。

「あんた、いったいどんな類の騒動を我が家に引き起こそうとしてるんだ?」

ついにトムの口から飛び出したその発言に、ギャツビーは満足した。

「騒動を起こしてるのはこのひとじゃないでしょう」とデイジーは絶望的にぼくらを順に見渡した。「あなた

が騒動の原因じゃないの。お願いだから、ちょっとくらい自制心をもってよ」

「自制心だと!」トムが信じられないといったようすで復唱する。「どうやら、どこぞの馬の骨と自分の妻が

いちゃつくのを椅子に持たれかかって見物するのが最新のやり方ってやつなんだろう。ふん、もしそういうつ

もりで言ってるんなら、おれは違うぞ……最近ではどいつもこいつも家族生活とか家族関係とか言うと馬鹿に

しやがるが、そのうち何もかもうっちゃって、白人と黒人の雑婚をやりだすに決まってる」

顔を火照らせながら激情に満ちた激語を並べたてたトムは、文明の最後の胸壁に孤軍立ちはだかる自己の姿を

思い浮かべていた。

「ここにいるのはみんな白人なんだけど」とジョーダンが呟くように言った。

「おれにそれほど人気がないってのくらいは分かってる。でかいパーティーを開いたりもせん。どうやら、少

しでも友だちを作ろうと思えば自分の家を豚小屋にせにゃならんものらしい――現代社会では」

ぼくは、まわりのみんなと同じように、腹を立てていた。と同時に、かれが口を開くのを見るたび、大笑いし

たくてしかたがなかった。放蕩者から道徳家への転身はそれほどに完璧だった。

「少しお話しておくことがあります。あなたにね、親友――」と、ギャツビーが口火をきった。だが、デイジ

ーがかれの意図を察した。

「お願い、やめて!」とデイジーが必死にさえぎった。「みんな、家に帰ろうよ。ねえ、帰ろう?」

「それがいい」ぼくは立ち上がった。「出よう、トム。みんな、酒って気分じゃないよ」

「おれとしてはミスター?ギャツビーがおれに言っておかなきゃならんらしいことを聞いてみたいね」

「あなたの奥さんはあなたを愛していない」とギャツビーが言った。「あなたを愛したことなど決してないの

です。私を愛しているのです」

「気違いめ!」とトムがとっさに怒鳴った。

「デイジーはあなたを愛したことなど決してないのです、聞こえませんか?」ギャツビーが叫び返した。「私

には金がなかったし、デイジーも待つのに疲れてしまって、だからあなたと結婚したのです。それはひどい手

違いでしたが、デイジーも心の中ではずっと私を愛していたのです!」

この時点でぼくとジョーダンとは出て行こうとしたけれど、トムもギャツビーもいずれ劣らない頑固さで、ぼ

くらに帰るなと言ってきかなかった――両者ともに、隠し立てするべきものがまったくないし、自分と感情を

分かちあうことがひとつの特権でさえあると思っていたのだろうか。

「まあ座れよ、デイジー」トムは自分の声になんとか家父長的な響きをともなわせようとしたようだったが、

うまくいかなかった。「どういうことなんだね? すべてをおれに聞かせてもらいたい」

「どういう事かは私がお話した通りですよ」とギャツビーが言う。「ここ5年間の事――あなたがご存知なかっ

たことを」

トムはデイジーに切りこむように向き直った。

「こいつと5年間会いつづけてたってことか?」

「会っていたわけではありません」とギャツビー。「いいえ、私たちは会えなかったのですよ。それでも、そ

の間ずっと、私もデイジーも、お互いを愛してきたのです、電波時計 腕時計親友。そしてあなたはそれをご存知なかった。私

はときどき笑いたくなったものです」――しかしながら、ギャツビーの瞳には笑いのかけらも見えなかった―

―「あなたが何もご存知ないということを思えばね」

「やれやれ――それで全部か」トムは牧師のように両手の肉厚な指の先を突きあわせると、椅子の背にもたれ

かかった。

「気違いが!」トムが怒号した。「5年前になにがあったのか、それはわからん。そのころはまだデイジーのこ

とを知りもしなかったのだからな――あんたがどうやってデイジーに近づいたのか、知りたいとも思わん。ど

うせ汚らわしい手に決まってる。じゃなきゃあ、勝手口に食品を届けたくらいのもんだろう。だがな、その他

はみんな嘘も嘘、大嘘だ。デイジーは結婚したときおれを愛してたし、いまだっておれを愛してる」

「違う」と、ギャツビーはかぶりを振った。