いまだに高校生の時にほしこに才能がこわいって言われたことを糧に生きてる感じする
過去の栄光にすがっちゃだめだけど今がだめだし未来なんて手に入らないから過去しかない。過去はある。過去のある女だ。
自分より忙しい人見ると生きる気なくしちゃうしアイドルのファンのツイッター見ても生きる気をなくす
軽い音楽に救われて生きる
人からすすめられたものそんなに受け入れられないたちだけどほしこにすすめられたものは時間がかかっても最終的には受け入れようって気になる
ドタキャンという言葉の軽さと引き起こされる絶望感の重さのギャップが苦手でそのせいで今日の午前をまるまる潰してしまった。元気がないと何もできないけどいくら元気があったって何も変わらないよね
私はこれから寝ますので起こさないでください
過去ばっかり追いかけてたって何にもならないのは知ってる
私と違う種類の人間になりたくても、なれない自分のことを受け入れてあげるしかない(根本的な部分の話をしている)
人格形成期に仲良くなった子で、すごく憧れてた子がいて、その子になりたくて人格曲げようと頑張ったけど自分の好きな所全部潰さないとああはなれないと思って5年の後にやめた。
あのこみたいな文章書きたくたって元々体の中にある言葉が違うし、理性と感情のバランスだって違う。
私は私にしかなれないって知ってるけど改めて、責任の重さに愕然とする
私が現在にあるか過去にあるか未来にあるかなんて関係ないよね、いずれにしても頑張らなくちゃいけないんだもん

私が自分の思う通りの人生を過ごせたって別に何にもならないけど、思う通りの人生を送れなかった時に私じゃなくて私の周りが被るものを考えると幸せに暮らした方が何倍もいい気がする
幸せに暮らしたいと思うことに理由なんかいらないんだって最近やっと気づけた
私は音楽の力なんて信じてないしもし世界から音楽がなくなってもきっとのうのうと生き延びるような奴なんだよ
本を読んでも知識とか楽しみが得られるかは私次第だし映画だってそう
漫画と音楽はこっちがぼーっとしてても伝えるべきこと伝えてくれる気がするけどそれはもともとそういう性質のものだからなんだろう
だって本も映画も情報量が多すぎるよね。長い文章も映画の技法も理解できないことだらけだ

歌詞が書きたい
書けない
書けなくて当たり前かもしれない
文章の強弱のポイントとか、一行あたりの情報量の適切さとか、昔は意識してたけどすっかり忘れてしまった

あの頃の私よりできることってせいぜいギター弾くことと歌うことくらいだしその二つも別に人よりできるわけじゃない
高校生の頃のみんながぎらぎらしてた頃に戻れたら死んでもいいや
バンドやってればああいう人たちに会えるかもと思ったり、勉強すれば、仕事すれば、って思ったりもしたけどどこにもあんな人たちいない
今あのこたちに会っても全然違う人になっちゃった
まだあそこで知りたいこといっぱいあったのに部活とかくだらないことやってる間に戻れなくなっちゃった
私先に行って待ってられるように頑張るからみんなも頑張ってよって気持ちでいっぱいです。さびしい