
ホテルで朝食をとった後、唐戸桟橋まで歩いて、そこから巌流島に門司汽船の定期便に乗って向かった。天気は生憎の雨。しかもとても冷たい雨で寒い!今にも雪に変わりそうな雨だった。

巌流島に到着。雨風は益々強くなってきている。この写真も撮るがやっとの状態だ。

巌流島にはタヌキが居るという話を聞いていたが、偶然、タヌキが社の前に居た!人間に慣れているみたいで、カメラ目線を常に意識していた。冷たい雨が降るのにじっと座ってこちらを見ていた。こういう日にはタヌキは一体何を考えているのだろうと思ってしまった。多分、武蔵と小次郎の決闘の場所とかはまったく興味ないのだろうと思う。

巌流島に20分滞在した後、定期船に乗って、門司に到着した。画像はJR門司駅。工事中で、これ以上近づけなかった。どことなくJR奈良駅もこんな感じだった記憶がある。奈良駅構内の立ち食いうどんがとても美味かった。

こちらは山九本社。本社登記自体はここらしいが、本社機能は東京にある。

こちらは旧門司三井倶楽部。もとは、三井物産がVIPの接待や宿泊のために建てた木造2階建ての社交クラブだったらしい。

ランチは海峡プラザにあるインド料理の「ナンダン」というお店に入った。

門司は焼カレーというのが有名で、このお店にも焼カレーがあったので注文した。感想は、ドリアのカレー風味といったところで、不味くはないが、あまりサプライズはなかった。

こちらは栄町銀天街。かつては賑やかな商店街だったらしいが、今は、他の地方と同様に活気を失った商店街になってしまったようだ。

門司からまた下関に戻って、次は日清講和記念館へ行った。日清講和会議と下関講和条約の歴史的意義を後世に伝えるため、昭和12年(1937年)6月、講和会議の舞台となった「春帆楼」の隣接地に開館された。講和会議で使用された調度品、両国全権の伊藤博文や李鴻章の遺墨などを展示している。

画像は館内中央部分。当時の講和会議の部屋を再現している。伊藤博文と李鴻章の椅子だけ肘掛が付いていて立派だ。

当時の様子。テーブル奥の一番右が伊藤博文。

日清講和記念館のすぐ隣にあるのが赤間神宮。源平壇之浦の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水された安徳天皇を祀ってある。画像の水天門は鮮やかな竜宮造り。「海の中にも都はある」という二位の尼の願いを映したものといわれている。境内には「耳なし芳一」を奉る「芳一堂」、平家一門の墓「七盛塚」がある。

朝から降っていた雨が夕方になってやっと止んだので、船に乗ってもう一度門司へ行った。日が暮れた後の夜景が門司は有名なので、それを見に行った。画像は門司港を降りたすぐのところから撮ったもの。下関の雰囲気とはまた違う。これから正面の高層ビルに向かう。

高層ビルはマンションなのだが、31階の最上階が「門司レトロ展望室」と呼ばれる展望室になっていて、ここから関門海峡や門司・下関の夜景が一望できるようになっている。画像は門司の夜景。遠くには小倉の夜景も見える。

一応アルコールも飲めるようになっていた。ただ、素人っぽいバイトの人間が一人で給仕をしているので、たいしたメニューはなく、門司の地ビールと多分最初から作られてあるモヒートを注文した。まあ、下手に作ったカクテルよりは無難かもしれないが。取り敢えず、関門海峡をバックに乾杯した。

関門海峡と火の山公園。昨日は、火の山公園からの夜景を見た。やっぱりここの夜景は素晴らしいと思う。

唐戸桟橋に戻り、カモンワーフ内になる回転寿司の「すし遊館」へ行った。実は昨日もフク料理の後に、ここにきて2,3カンだけ食べたのだが、とても美味しかったので、今日はしっかりと夕食として食べに来た。

こちらは、フクのにぎり。全体的にこのお店は美味しく、店員の接客もとても良かった。しかも、昨日から連続で来ているのを店長らしき人は覚えていて、会計の時に「連日ありがとうございます」と言われた。こういうお店が地元にもあれば嬉しい。