九州旅行201201(鹿児島編) | willfreemanのブログ

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no man is an island


九州旅行最終日の城山観光ホテルでの朝食。バイキング形式で種類は和洋共に結構な種類が用意されていた。



一回目は和食を選択。いつもながら野菜の少ないメニューになってしまう。鹿児島名物のさつま揚げもとってきた。



朝食の後、車で天文館に向かって城山を降りた。途中にあるのが画像の「西郷洞窟」、西南戦争最後の司令部だ。西南戦争田原坂の戦いに敗れた西郷隆盛は別府晋介、村田新八、池上四郎といった私学校の幹部たちと共に、この洞窟の中で最後の五日間すごしたと言われている。



こちらは西郷隆盛終焉の地。説明には、「ズドン、ズドン!2発の銃弾が西郷隆盛の腰の大腿部を撃ち抜いた。城山洞窟を出てわずか300m、650歩でついに途は閉ざされた。「晋どん、もうここらでよか」東を向き、皇居を伏し拝む西郷に、別府晋介の介錯の太刀が振り下ろされました…」と、書かれている。
明治維新は、坂本龍馬を中心とした無血革命が実施された珍しい革命だと言われているが、この城山の地を訪れてみて、改めて、明治維新はたくさんの血が流れて達成された尊い革命だったと感じた。西郷隆盛は武士の時代を本当に変えるには、多くの血を流す必要があると考えたのではないかと思う。彼らは時代の変化を最も敏感に感じながらも、武士道と近代文化の間を行ったり来たりしたに違いない。その中で、西郷隆盛を初めとする薩摩隼人は旧文化と共に消滅していく運命を選んだのだと思う。そういう意味では新撰組も同様で、最期の武士道を生き抜くことで時代の切り替えを確実に行う役割を果たし、次の世代に繋いでいく運命を選択して死んでいったのだろう。
城山は何処にでもあるような小高い丘に過ぎないが、歴史的バックグラウンドを持ったその場所は、圧倒的な印象を訪れる人に残していく。



次に向かったのが、加治屋町の甲突川岸に建っている「維新ふるさと館」。明治維新を中心に薩摩藩や日本の歴史について展示してあった。



維新ふるさと館の近隣には、西郷隆盛誕生地、大久保利通生い立ちの地、大山巌誕生地などがある。画像は、ふるさと館に一番近い西郷隆盛誕生地。



帰りの便は、昼過ぎだったので、鹿児島市内を昼前に出発し空港に向かった。



ちょっと小腹が空いてきたので、九州旅行最期のメニューとして、鹿児島名物の黒豚を使用したメンチカツパンを買ってみた。一般的なメンチカツとは全然違って、結構美味かった。



出発便の待ち時間。ラウンジが丁度改装中で残念ながら使えなかったので、一般のカフェテリアでお茶した。



九州旅行を初めてじっくりとしてみたが、ここはかなり奥深いと感じた。一度や二度では全然足りないくらいの魅力的な場所がたくさんあると思う。季節を変えてまた再訪したい。