今年は細切れのGW。

 

小中高生からすると4日間の連休なだけで、ちょくちょくある3連休とさして違いはないのかもしれませんね。

 

今日も朝の8:00頃、前の通りを部活に向かう中学生が騒がしく歩いていくのが聞こえました。

 

 

無制限に続いていくような日々でも、実際には限りある時間の中で生活していかなければいけません。

 

スペイン・ポルトガルで起きた大停電なんて、自分の身には起こらないだろう。

 

実際、対岸の火事と思われる大それたことは、中々我が身には降り注がないわけです。

 

 

ただ人生を歩んできた先輩たち(大人たち)が経験したことは、時代が違って少し形は違っても、大体同じような事が今の子どもたちにもやってきます。

 

なだらかな経験なのか、大きなインパクトのある経験なのか、そこに違いはあっても、容赦なく自分を通っていく体験という波が襲ってくるのです。

 

だからこそ、まだ経験のないものに対して、ワクワクしたり、ビビったり、ドキドキしたり、そんな感情を持つ必要性を子ども達に感じて欲しい。

 

 

学校が休みの期間はもう3日だけかもしれないけど、親御さんが計画してくれている旅行なんかだけでなく、自分の身を置くもの、それは部活だって、勉強だって、友情だって、恋だって、どんなものにだって子ども達を成長させるピースはあるはず。

 

 

「子どもには様々なことを体験“させる”ことが、今後の成長に役に立つ」

 

一見正しいようにも思いますが、僕は何となく違和感を持ちます。

 

 

自分ではどうにもならないスケジュールで、そこにいるだけの経験なんかしたって何にも価値がない。

 

子どもに何か経験させるなら、少しで良いから子ども自身に行動を決めさせるべきです。

 

 

 

子ども子どもって言っていますが、ちなみに大人の世界も一緒ですよ。

 

 

 

ウィルの講師たちを海外に連れていく海外研修授業。

 

過去に僕も引率を何度かしていますが、その時にも「連れていく」なのか「事前にミッションやマスト事項を一緒に作っていく」かでは、帰国してからの講師たちの印象は大きく違います。

 

「連れていく」だと、ぶっちゃけ断片的に「交流が面白かった」「○○で遊んだのが良かった」程度のことは言いますが、それがどんな学びとなったのか、どんな経験となったのかは限りなくゼロに近い。

 

ただエスコートされることに乗っかっているだけですから、そんなもんですよね。

 

 

でも後者だと、「面白かった」ではなく「ああやってしておけばよかった」「あれをやりそびれた」ときちんと反省が出てきます。

 

理由は簡単「自分で決めているから」です。

 

 

見せる・感じさせる、これは親が手を引いて歩く時までです。

 

そのあとは一緒に事前に調べて決めて、何となくわかった状態で体験させるべきです。

調べたものなのに、もっと凄かったらさらにインパクト大ですしね。

 

 

 

学習もおんなじ。

 

しんどいと分かっていても、こうやって自分で「こんな目的で、これをする」って決めたものじゃなきゃ、効果は半減どころかほとんどない。

 

 

自分で決めよう。

 

そして、ちょっと無理をしてみよう。

 

それでだめなら、やり方変えれば良い。

 

 

1+1が2にならない時もある。

 

組み合わせたら、バラバラの1かもしれないもんね。

 

化学反応式の係数やモル計算みたいですね。

 


そんな一進一退の状態を、親はハラハラして口出ししたくなってる。

 

でも自分で決めたことなら、「こうするつもりだから」ってちゃんと言えるでしょ。

 

 

沢山の、君の決めた君の経験が、君を成長させます。

 

まわりの評価にビビるんじゃなくて、少し先の自分の未来にビビって行動をしていこうね。

 

 

 

取り留めのない感じになってしまいましたが、今日はこの辺りで。

 

 

では~