最近また休みの日や勤務前に食事を作ることが多くなりました。

どうしても心に余裕のない時期っていうのは、そういうことをしようという意欲とか気持ちがわいてきません。

 

そういうところからすると、毎日家のことを回している誰か(お母さん?お父さん?おばあちゃん?)の負担て大きいんですよね。

 

本当にお疲れ様です。

 

 

僕が料理を作ったり、多少の家事ができたりするのも、やっぱり塾の先生の現場での仕事は夕方からなので、日の出ている時間帯にすこし余裕があるんです。

 

ただ明日からは連続で説明会があるから、週末まではお預けですね。

 

 

僕が料理をするときって、あんまり上手じゃないからネットや本で少しカンニングをしながら、進めていくので、できれば一人でやっておいて、あとで家族に「どうぞ~」ってしたいんですね。

 

 

そんなこんなで今日も誰もいないことをいいことに、麻婆豆腐とかおから煮とか、炒め物とか統一感のないものを作っていたわけです。

 

そしたらふと「なんで僕は料理を作るんだろ?」なんて考えたわけです。

 

 

 

僕は、褒められたり話題にあげてもらうことが大好きなので、そういう欲求ももちろんあります。

僕は、単純に料理をするってことが下手ではあるけど好きっていうのがあります。

僕は、人が素直に喜んでくれることが好きだってのもあります。

 

 

でも、多分一番の理由は、大事な誰かに無意識のうちに何かしてあげたいって思うからなんだと思います。

 

 

 

まだ僕が子供のころ、父親がハンバーグを豪快に半分に切ってその片割れを僕にくれました。

 

まだ子供の僕は「えっ!?なんで美味しいものをくれちゃうの?まあいっか。」くらいにしか思っていませんでした。

 

 

でも親になった今ならその行動が理解できます。

自分の空腹や好み関係なく、いつの間にやら「はいどうぞ」って。

 

 

我が子や自分にとって大事な人には、そう言う感覚になるもんなんだと思います。

 

 

日本は今、成果主義で効率を求めることが一番のような時代になってますし、個性を大事にする仕方がちょっとズレてる世の中になっているように感じます。

 

 

ただ人間という生き物は理性や感情、そして我が子に感じる無意識での愛情なんかで出来ています。

 

 

人がいて、自分がいるんです。

別にどこの誰にでも優しくとか、コミュニケーションの範囲を広くしろ、なんてことを言っているわけではないです。

 

 

自分をそうやって愛してくれている人のために、多少の我慢や窮屈さも感じながら頑張ってみるのもいいんじゃないかって。

 

 

中々、小中学生には理解し辛いことかとは思いますが、「どっかのおじさんがそんなこと言ってたな~」ってちょっと先の未来で思い出してくれたらいいかな。

 

 

 

あっ麻婆豆腐とろみつけ忘れた~片栗粉片栗粉~~

 

 

では~おばけ