僕は三重県の四日市市の出身で、隣の家までは何十メートルも離れているような田舎で、一番のご近所さんも祖父の家でした。

 

小学校までは4km弱、中学校も3kmちょっとあったので、通学もちょっとした子供の遠出みたいなものでした。

 

 

田舎なので自然豊かですし、その辺を目いっぱい走り回ることもできます。

 

祖父は梨農家を営んでいたので、夏から秋にかけては梨食べ放題でした。

 

 

ただどこに出るのにも手間がかかります。

 

仲のいい友達の家に行くのにも、一人だけ長い道のりで集合場所に行かなければいけませんでした。

 

サッカー少年団やミニバスに所属したくても、一度家に帰ってからまた学校に戻るとなると、1時間かけて歩いて帰ってまた20~30分かけて学校に自転車で向かわなければいけません。

 

 

 

 

不便なら不便で、田舎なら田舎でそこの地域・風土に合わせて生活を営むのが人間です。

 

でもそれはその地域に何代も住み続け、習慣を少しずつ変えていくことで身に付いていく生活の知恵のようなものです。

 

 

 

じゃあそんな不便な田舎で育った僕ですが、どんな子供だったか。

 

 

「どんなものにもめげず果敢に挑戦する立派な少年!」

 

 

 

 

そんなわけないんです(笑)

 

 

 

不便なら不便で、やることがないならないで、頑張って乗り越えたり、工夫したりするなんてことは意思がなきゃできないんです。

 

 

別に不便なら不便で「動かなければいい」わけですから、しんどいことから簡単に逃げられるわけです。

 

 

でもそこに「意思」が存在していれば、それを達成するために重い腰が上がってくるんです。

 

 

 

なんとしてもサッカー選手になりたければ、どんなに遠い距離にあるサッカー少年団でも自分が上手くなれるのであれば入るでしょうし、どうしても友達と遊びたければ動くはずです。

 

でも「楽さ」と「しんどさ」を天秤にかけたときに「楽さ」を選ぶ方が負担が思いっきり少ない。

 

だから人はそちらを選んでしまいがちなんです。

 

 

だからこそ一つ一つのものに「意思」や「目的」を見出せる子はすごいんです。

 

 

 

さあ明日から始まる基礎学力テスト、中3生の北辰テスト、2学期期末テスト。

 

どんな「意思」や「目的」をもってあなたは動けているのか。

 

 

「絶対に試練になりたくない」「偏差値(点数)を落としたくない」

 

そんなものだって最初は良いと思います。

 

 

皆自身が、自分の全力にどこまで近づくことができるのか、どんな過ごし方ができるのか楽しみにしていますね。

 

 

 

では~おばけ