あまりにも有名な金子みすゞさんの『私と小鳥と鈴と』の最後のフレーズ
「みんなちがってみんないい」
これを読んだ人、聞いた人それぞれに解釈は違うと思いますが、人が生きていくうえですごく大事な価値観だと当然ながら思います。
ただ僕個人の話でいうならば、「まだまだそこの次元の生き方をするには甘いな」って常々思うんです。
世の中に生きる様々な人が、いろいろな方面で成しえたこと、到達したこと、知った事、大事だと思うこと、そういったことを今のところ全然知らないし理解できていない。
普段保護者の方とお話をしていて、お子さんに対して期待することや不安に思うこと、「こうやって育って欲しいんだ」っていう思いや価値観に、「そっかそういう視点もあるよな~」って感心したり、自分の浅はかさに凹んだり。
講師たちと話をしていてもおんなじで、彼ら彼女らのことを知っているような気でいたけれど、大して知らないことがまだまだたくさん自分の中にはあるわけで、そう思うたびに「自分がみんなと違っていいと思う前に、違う対象をもっと知らなきゃだな」って感じるわけです。
世の中の風潮としては、「個性を大事に」「人と比較しなくたっていい」って捉えられ方がほとんどだと思うんですが、知らない世界が多すぎて『自分は自分』とどんなことでも中々解決には至らないんです。
そんな感覚を持っている僕に指導される生徒たちですから、「みんなちがってみんないい」とは現時点では思っていません。
何もなしえないまま、努力をすることの意義を分からないまま、遠回りすることの価値を分からないまま、経験を大してしていないまま、この言葉を受け入れるのは時期尚早かと。
まずは、授業を受ける中で周りと比較して自分の出来栄えや立ち位置、考え方を顧みる。そのあと多少なりとも問題があれば我々を頼りながら個人的に修正をする。
このスタンスを繰り返し行うことで、やっとこそさ周りが見えてくることになるわけです。
こういった行動が行く行くは将来の夢の形成や、志望校を作り出し、努力という自己投資をできるようになる。そして高校入学と共に新たな仲間や環境の中で、周りからさまざまな知識・見識・価値観を得て、また大きくなる。
そんなことをしてたら、「みんなちがってみんないい」に到達するまでに滅茶苦茶時間がかかっちゃいますね(笑)
でも僕はそれでいいと思うんですよ。
そういうことを続けることで、他者からみたときに「あの人はこういう人」って、あなた自身をその人と「ちがう人」として認識してくれるはずですから。
”ステルスみんなちがってみんないい”ですね!
「個性を大事にするんだよ」って教育されてきた今の子供たちは、辛くなると「みんなちがって~」にどうしても逃げてしまいます。
そこを踏みとどまらせるのも大人の大事な役割ですね。
僕自身ですらまだ早いと思っていることですから、絶対生徒には認めません!(笑)
では~~![]()