ここの所ずっと体が重く、朝起きるのが非常に億劫になっていましたが、昨日の日曜日、家族に甘えてかなりゆっくりと何もせず1日を過ごした結果、月曜日のスタートは最近にはない調子よさ。それなりに疲労がたまっていたのだと思います。
※先週の木曜日に15期生たちの北辰テストの結果が返ってきましたが、そちらのご報告はまた折を見て発表いたします。
カラーテストは実力じゃない?
さてさて前々回の記事で予告した小学生の学力の話。
「小学校のテストは問題なく90点以上がとれいたんですが、中学校の成績は…」
そういうお子さんは少なくないと思います。
小学生に行われるカラーテストは僕が子供の時から変わることなく、単元が終わるごとに実施され、成績表をつける際の項目に反映されています。
内容的には応用力を試すようなものではなく、授業の中で伝えられた事柄を確認する意味合いが強く、授業を丁寧に聞けている生徒であれば特段復習などをする必要もなく、普段の宿題のレベルで十分に対応が効くものになっています。
逆に言えば、授業で問われていることがそのまま出てきますので、話を聞けていない生徒や理解ができない生徒は、カラーテスト内で問題として出されていることの意図が組めないケースもあります。(すごく抽象的な出題のされ方があるということです)
様は「どれだけ大事に授業を聞くことができているのか」そこを問うテストなわけですから、生徒の本当の理解度を計れるのかと言えば、そうとは限らないということになるわけです。
「応用問題が解けない」というジレンマ
保護者の方だけでなく、子供自身も「自分は応用問題になると解けなくなる」「図形の問題が苦手だ」と言うケースが良くあります。
県や市などの自治体や国などの行う学力調査テストになると、普段のカラーテストのような結果を出すことができない。
中学生で言えば、「定期テストでは点が取れるのに、偏差値は取れない」というのがそれにあたるのかと思います。
先生の話していることも分かるし、学習内容の”解き方”もわかる、なのに単元テスト(カラーテスト)が終わると内容が忘却曲線のかなたに飛んで行ってしまう。
すると、特段準備もしていないような実力を試すテストや問題にぶつかったときに対処ができなくなる。「これどうやって解くんだっけ?」ならまだいいですが、「こんなのやったっけ?」も多くあるのではないでしょうか。
単元テストはゲームクリアと同じ感覚
この問題にはいくつもの要因が入り組んで存在しているので、1つの原因に絞ることはできないのですが、今回は「学習の価値観」という所に視点を置いてみます。
2か月ほど前、小学5年生の授業で「倍数と約数」について取り扱ったところ、すでに学校で教わっている生徒もいたので、「そんなの簡単」とどんどんと解き進めようとするわけです。
そこで「ちょっと待って!そもそも倍数・約数って何のために教わるのかってわかってる?」そう聞くと、
「公倍数や公約数、最小公倍数や最大公倍数のためでしょ!」というわけです。
「じゃあそれはなんで習うのさ?」と聞くと「倍数・約数を習ったから」と目的が行ったり来たり。まあ子供との会話ですからしょうがないですが。
そこで改めて感じたわけですが、学校の学習の中で子供たちは単元をゲームの様にクリアできればいいものだと捉えているんだなと。
そもそも学び方が間違っている
倍数・約数はそもそも何のために学習するのか、
これはこの後の単元に繋がり、延いてはこれからの算数・数学の学びの世界を拡げていくための大切な道具になっていくからなのです。
だから日本の優秀な教科書はつながりを持たすような配列で、単元構成をされているのです。
でも残念ながら、それに気づいている小学生はごくわずかです。
授業の中で、具体的に何のために学習するのかを生徒と共有したところ、「だからか!!」と目を丸くしていました。
この視点がないままに学習をさせられていても、勉強が嫌になってしまうのは当然です。先が見えないのにトレーニングは強いられるわけですから、少しやって上手くいかなかったら、「もうやだ~」と放棄したくなるに決まっています。
ウィルに入ってきてくれるのは小学6年生からの生徒が多いので、この間違った学び方にどっぷり5年以上浸かってきている事になるわけで、そこから抜け出させるには相当の労力と時間がかかります。
子供たちが賢くなっていくための大きな要素は、
『基礎事項習得のためのトレーニング』と『学ぶ姿勢・価値観の形成』です。
正しい学習の方法と指示を得られて、それを当然のように行える環境(集団)に属し続けられていれば、それほど難しくはない事です。
ただし小さい時からの習慣を変えるのは中々に難しい。
おうちでの学習の限界は実はそこにあるのです。
怪しいなと思ったら親以外の別の大人に力を借りるのも良いかもしれませんね。
では~~![]()