8日間の春期講習が終わった。
新中2に関しては、次年度に向けて少し不安が残る生徒が受講していたのだが、学習の仕方の手前の授業の「聞き方」や「受け止め方」、「こだわり方」、そんなところを連日指導されている様子があった。
4/6からの平常授業にその辺りが反映されると良いのだが、正直言うと何名かは「もう少し時間が欲しい」というのが本音だ。
さてさて、この春期講習で新中3について気づいたことがあった。
それは「定期テストの点数≠能力」になっている生徒がそれなりの人数いること。
定期テストの点数だけを見れば、問題なく中学2年生までをクリアしてきているのだが、連日行われる講習の様に日々の復習が不十分な状態になると、ポロポロと不安定な箇所が見えてくる。
これまで講師が「この生徒なら、このラインまでは大丈夫だろう」と踏んでいるところが、案外実は脆くって「自分の実」になっていない状態ということだ。
生徒自身も、今までしっかりと点数が取れてきているから、講習なども受講してきていないわけで、ほぼ初めてであろう講習で「まさかこんなことすら覚えていないのか」が露見して、反省と言うより焦りみたいなものを感じている様子が見て取れた。
学習を進めるうえで、「自分で自分を成長させられる」生徒とはどんな生徒なのか。
それは「経験値」の積み方を知っている、そして「学習地図を描けている」かだ。
学習地図と言うのは、習ってきた範疇で構わないのだが、「いつ習ったのか」「どんな内容だったのか」「それが何に繋がっているのか」と言ったことで、その辺りのことを把握することが出来ているかだ。
別に詳細何て知っている必要はなくって、単純に「貴族の時代から、武士の時代になったんだよな」とか、「方程式が解けるには、正負の数や文字式を知っていなきゃだな」とか、「つくりが『青』だから、この漢字も『せい』って読みそうだな」とか、「be動詞で出来た英文は疑問文にすると、全部be動詞が前に来るんだな」とか、「ホントはどの気体も水上置換で集めたいよな」とか、そんなもので良い。
ちょっとしたつながりや理屈を理解していることで、次の知識へのつながりが容易くなる。ハードルが下がる。
そうやって知識を汎用させて、拡げていけば中学校の学習内容なんて簡単。
学習地図が無限に広がる途方もないものだと思っているから、「とにかく暗記」に走る。そうすると結局知識がのちまで保持されない。
コスパというコトバに少し違和感を持ってはいるのだけど、あえて「コスパ」を重視するとすれば、「とにかく覚えれば良い」理論はそれとは真反対にある。
新大学1年生世代に、総合型で旧帝大に進学したもの、国立医学部医学科に進学した者がいる。
彼らは、中学生の時から自分が学習地図を正しく理解しているかを盛んに気にしていた。
質問は「わかりません」ではなく「この理解であっていますか?」だった。
質問の中身が、実は大したことのないものだったりすると、恥ずかしそうにして、元の学習場所に戻っていった。
それだけ自分が「今いる場所」を大事にしていたということだ。
さあ19期生たちよ、先輩たちの様に学ぶが良い。
賢くなるぞ。
では。