人の真価がわかるのは喜びに包まれている瞬間ではなく、試練や論争に立ち向かうときに示す態度である。

「I have a dream 」の演説で有名なキング牧師が残した言葉のひとつ。


教育や学びについて言った言葉ではないのでしょうが、我々の世界にも通じるものを感じます。


「自己肯定感」「自己承認欲求」などの単語は、子育てにおけるキーワードとして今世の中で多く用いられ、当たり前のことのように使われています。


「個性」「自分らしさ」を何よりも大事にする子育てを第一にしようと、親や教師などの大人はこの辺りのことに非常に敏感になっています。


ただ全面的にこれで良いのでしょうか?


僕個人の意見ですが、子供たちの個性を守り育むために、大人がこれを軸にしすぎてしまうと将来とんでもない社会が生まれてしまう。そんなふうに思うんです。


他者から与えられた基準よりも、今自分の持つ基準を最優先すること。


これは大人であれば多少なりとも判断能力がありますから、悪くはないのでしょうが、まだ自分で判断する能力に乏しく、自分の欲に素直な子供たちには非常に危険なことだと思うんです。



キング牧師が言うように「喜び」は自己満足の世界でも達成が可能ですが、「試練」や「ミッション」は自分を取り巻く他者や環境から与えられることの方が圧倒的に多いわけです。


他者の基準に立って物事を考える思考を持っていなければ、自己満足の世界にどっぷり浸かり他者の「気持ち」「考え」「価値観」を捉えられなくなってしまう。


断っておきますが、もちろん「自己肯定感」や「自己承認欲求」がなければヒトは折れてしまいます。全くなしに生きていくことはできません。


ただそこばかりに考えをフォーカスしすぎると、「受け入れる能力」や「チャレンジしようとする能力」が大きく成長できないのではないかと思うのです。


これは僕がこれまで何百人と生徒を見てきて、そして自身でも子育てをしていて、たくさん目の当たりにしてきたことです。


非常に短絡的な言い方ですが、自分のしたい勉強(科目、内容、方法など)ばかりに力を使い、我々からの指示やみんなであたり前にしようと決めた事をやろうとしない生徒は圧倒的に伸びづらい。


たとえ志望校に合格したとしても、高校での成長が少ないように感じます。



「別に本人が良ければ良いんじゃない?」

そんな風におっしゃる方もいると思いますが、僕らの仕事ではダメなんです。


そこが肝。我々が一番変えていきたいところですから。