進路指導をしていると、たまにこんな風なことを言う生徒がいるんですよね。

 
「勉強ばっかりの高校生活は嫌なんで…」
 
それなりの大学レベルを希望している子にの中にも多いです。
 
親の受け売りか、または私立高校の説明会での先生の営業トークか、はたまた漫画とかドラマとかに出てくるフレーズなのか、出どころはよくわかりませんが、高校生になったことのない中学生に高校生活のことなどわかるはずもないですから、誰かの言葉なのでしょう。
 
もちろん、「高校生活は◯◯(←具体的なものを挙げれないなら、ただ遊びたいだけの可能性高いですが、自覚してるなら可)をやりたいので、それをやりつつ勉強して、それで行ける大学レベルで十分です。目標の大学とかは特に無いので。」って言うのなら、まったく問題ないのですが、
 
もしそうじゃなくて、このレベルには行きたいという目標があるとするなら、「勉強ばっかりは…」というこの言葉は、悪い意味での洗脳になりかねない、あたかも勉強はさせられるものであるかのように刷り込む言葉になっていると思うんです。
 
たとえば、あなたが早慶レベルの大学に行きたいと願っていたとします。
そして、早慶レベルに多くの合格者を出しているような高校に入ったとします。
 
早慶合格のために必要な学習量ってのはだいたい決まっているわけですから、あなたと早慶までの距離は絶対的なものです。
あなたが早慶レベルを目指したいと言えば、無論、どの高校もほぼ同じような量を課すことでしょう。
 
そして、その量は、誰もが勉強以外、他に何もできなくなるような量では決してありません。
 
誰がやってもそれだけで1日のほぼすべてが終わってしまうというような、そんな量を全生徒に課しているような高校は、少なくとも私の知る限りありません。※スポーツでは、それだけで1日のほぼすべてが終わってしまうというような高校があっても特に何にも言われないんですが、これが勉強だけでほぼ1日が終わるような高校となると、なぜか世論から叩かれて入学者が集まらないからです。
 
だからもし、勉強以外他に何もできなくなるとするのなら、それはあなたのやり方が悪いか、あなたの時間の使い方が悪いか、または、その大学に合格するための覚悟があなたにないか、どれかでしょう。
 
つまり、仮に「勉強だけの高校生活」になるとするなら、それはあなた自身の問題であって学校の問題じゃない。「高校が楽しくない」って言うのと同じ、問題は学校ではなくあなた自身にあるんです。※学校が楽しくないのは、先生や生徒、または親など、大抵は人間関係に原因があって、学校の体制に原因があることは極めて稀です。
 
希望の大学レベルは下げずに、学習量は減らしたい。
楽しく過ごして、みんなが憧れるような大学に入りたい。
 
その気持ちはわかります。
 
しかしそれは、お金は出せないけど、みんなが憧れるような凄いモノ、たとえばベンツのSクラスを新車で買いたい、というのと同じです。
 
もう一度言いますが、希望の大学レベルを下げないなら、そこに合格するために必要な学習量は、どこの高校に行こうと変わりません。
ですから、選ぶポイントは希望の大学レベルに必要な量を自分がやらなかった場合に、どう対応してくれる高校がいいか、そこでしょう。
 
ペナルティを課すなど、少しでも大学ランクを高めに留めようとしてくれる高校もありますし、逆に、やらないという選択をしたんだったら、それもあなたの選択だと、無理は求めず、その生徒の器で行けそうなところよりちょっと上へと新たな目標を設定し導いてくれる高校もあります。
 
自分にとってはどういう高校がいいのか、しつこいですが、もし希望大学のレベルを下げない、または少しでも高くしたいと願うなら、考えるべきはどれだけ強制・管理して欲しいのかというところだと思います。
 
やらされる、ではなく、自らやるという意識を持って臨むというのは前提で、ですよ。
 
 
追記
 
それと、そもそもなんですが…
 
甲子園に行きたいと願っている高校生が、甲子園を狙える高校を選び、そこで野球をやる。
その練習量がハンパなく、野球以外に他に何もできなくなっているとして、本人はイヤでしょうかね。
 
先にも書いたように、「野球だけの生活は嫌なんで、いろいろと楽しみたいです。」は、まったく問題ないですが、その後続けて、「それで甲子園に出れて、かつ自分がレギュラー取れる高校が希望です。」って笑顔で言ってきたら、その子、ちょっと怖くありません?
 
個人的には、一日中書物を読み漁り、授業では侃侃諤諤の議論を繰り広げ、三年間を学びに更けるというような高校がもっとあって、かつ評価されてもいいと思うんですけどね。だって欧米にはありますよ。