スペインのサッカーリーグ、リーガ・エスパニョーラの名門クラブチーム、バルセロナの主将だった、カルレス・プジョル

 

全盛期、世界最高のDFの1人と言われた彼は、178cm・78kgと決して恵まれた体型ではない。

 

そこだけとっても、そこへ至るまでの弛まない努力を感じ取れるのだが、数年前に見たテレビによると、その努力の次元は驚愕の一言だった。

 

 

ここからは記憶をたどって書きます。

 

 

彼は、カタルーニャ州の中にあるラ・ポブラ・デ・セグールという、人口2500人程度の小さな町に生まれた。

 

そこでは有名なサッカー少年だったそうだが、そんな田舎町に優れた指導者などいるはずもなく、いわゆる「町で一番上手な○○くん」だった。

 

そんな彼が、街に出て、超有名クラブチーム、バルセロナの下部組織(日本で言うユースみたいなもの)に入団したのは、なんと17歳!

 

6歳から入団する者も多い中、彼は異色の存在だった。

 

そもそもなぜ入団できたのか。

 

入団するにはセレクションがある。

 

どうしても入団したかった彼は、セレクションを前にこう考えたのだそうだ。

 

「自分のような、まともな指導を受けていない田舎者が技術で勝てるはずが無い。ならば、せめて体力だけは1番になってやろう。」

 

 

彼はとにかく身体を鍛えまくった。

 

毎日、学校へ行く前、学校後、夜遅くまで、空いている時間はとにかく走りに走り、鍛えに鍛えまくった。

 

そうして彼は合格を勝ち取った。

 

 

しかし、壁はさらに続く。

 

入団したはいいものの、その中で勝ち上がっていかなければならない。

 

言うまでも無く、技術の差は圧倒的。

 

そりゃあそうだ、全国から選りすぐられた選手が、6歳とかから最高の指導者の下でやってきているのだから。

 

 

彼は考えた。

 

技術の差は、気持ちで埋めるしかない。

 

 

当時のコーチは言う。

 

「メチャクチャ下手くそだったが、とにかく走り回る。本当に死に物狂いで追いかける。

ある時、ボールを追って顔面から行ってね、顔反面、皮がベロンと剥けて血だらけだったのだが、彼はその状態でもボールを取れなかったことに地面を叩きながら悔しがっていたね。」

 

その猛烈なキャラクターがコーチの目に止まり、遅まきのスターは、一歩一歩階段を上っていった。

 

 

一軍デビュー当時の逸話もまた凄い。

 

デビュー当時、彼はバルセロナファンから厳しい叱責と失笑を買うことになった。足はとてつもなく速いが、走る姿はドタドタとしていて、出すパスは不正確、とにかく下手だったからだ。

 

だが、プジョルは厳しく自己を律する姿を見せつけることで、その笑いをかき消していく。

「今、俺はミスした。次は絶対に繰り返さない。」

誰が見ても伝わるその表情と姿勢。プジョルのミスは受け入れられていった。プジョルは下手、という事実は、それを補って余りある献身や汗、ファイトという、彼が教えてくれる生き方と比べれば、まったくとるに足らないものだった。

 

まあ、プジョルのような例は極めて稀少だ。

 

比較するに適当ではない。

 

 

でも、この話から得られることはある。

 

過去を悔やんでも仕方が無い。今できることで勝負すること。

どんなことでも、ただひたすら愚直なまでに追求すると、大きな長所になって、短所を隠してくれるということ。

ひた向きな姿は、人の心を動かし、味方(仲間)を増やしていくということ。

 

 

プジョルまでとは言わない。というか、言えない。まず自分ができていないのだから。

 

でも、自分の周囲10人の中で、ということならできる。

 

プジョルをほんの少しマネてみるだけで何かが変わるかもしれない。