身延山久遠寺を歩くpart2
標高1153mだけあって
寒いぐらいです
本来ならば見える霊峰も
その姿は拝見できませんが
それもまた一興
山頂に
奥之院「思親閣」があります
仁王尊像を祀る
仁王門が境内を守護
日蓮上人は
孝と申すは高なり
天 高けれども
孝より高からず
又 孝とは厚なり
地 厚けれども
親思う心に勝る親心
親の深い愛情が
日蓮上人を育てたのでしょう
身延山久遠寺を歩くpart.1
身延山 久遠寺
鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ末法の世
「法華経」をもってすべての人々を救おうとした日蓮聖人は
三度にわたり幕府に諫言(かんげん)を行いましたが
いずれも受け入れられることはありませんでした
当時、身延山は甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭の
南部実長(さねなが)の領地でした
日蓮聖人は信者であった実長の招きにより
1274(文永11)年5月17日、身延山に入山し
同年6月17日より鷹取山(たかとりやま)のふもとの
西谷に構えた草庵を住処としました
このことにより
1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日
同年6月17日を身延山開闢(かいびゃく)の日としています
日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり
法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始し
1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し
自ら「身延山久遠寺」と命名されました
(久遠寺HPより一部引用しております)
身延山久遠寺は日蓮上人の如く
とにかくスケールが
デカイ![]()
























