サイキックセッション
時色美名 『Menu』
水は波あらざれば、則ち自ずから定まり、
鏡は曇りあらざれば、則ち自ずから、明らかなり。
故に心は清くすべき無し。
其の之を濁らす者を去かば、清自ずから現わる。
楽しみは必ずしも尋ねず。
其の之を苦しむる者を去かば、楽しみ自ずから存す。
こんにちは♪
今回の記事は
『菜根譚』『つながらない関係』から。^^
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水は波が立たなければ、自然に静まり
鏡は曇っていなければ、自然に輝いてよく映る。
ゆえに、心も「清くいなければ!」と
ムキになる必要はない。
心を汚している煩悩を取り除けば、
自然に清らかさが現れてくる。
幸せも、ムキになって探し回る必要はない。
心を苦しめる煩悩を取り除けば
「この心の中に幸せがあった」と自然にわかる。
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人の欲=煩悩は、思い・感情です。
どう思い感じるか、どのような感情を抱くのか?
過去の記憶と新しくインプットされた情報が
結合して、機械的因果律に基づいた
化学反応のように生じてくるそれらの思いや感情は
「私のもの」であるようでいて、
「私のもの」でもありません。
自分の中から生まれてくるから
それは自分であり、自分のもので、自分自身なのだ。
そんな風に思えてしまうことで
〜ねばならない、〜べきだ、などなどの
ストレス、執着、期待、が肥大し疲弊します。
感情は実在ではなく、蜃気楼のようなもので、
心とは本来、澄んでいて、フルフラットな
「無我」の状態です。
その無我の塊がある世界のようなものが
「空」といえるかもしれません。
空の話になると長くなるので端よりますが、
私が以前見たその世界は、只々とても美しく、
只々とても満たされている愛のエネルギーしか
感じない世界でした。
何も無い?(無いという言葉とは違うけど
現す言葉がありません)けど全てある。
そんな世界でした。
心というものを視たときに、
それもそれはフルフラットで無?となる
感じでした。
心を観察し続けていると、「私」という存在と
感情や思いは一緒になっているのではなく、
実在の自分の中で
繰り広げられていることなのですが、
肉体の中にある「私」はフラットな場所から
波立つシーンや崩れるシーン、
楽しいシーン、幸せなシーン、を感じている。
私という席から360度スクリーンの映画を
観ているようなイメージです。
こう話すと、心の観察って、なんだか難しそうな
ややこしそうなことに思えてしまいそうですが、
誰でもが実践でき、パワフルに変化を感じられ
慣れれば簡単で面白いものなのです。( ̄▽ ̄)![]()
「心を観察する」ということを
日々行うことで、自分の状態、思考パターン、
どんなことに反応するのかが分かるだけではなく、
人間という大きな枠&小さな枠の見え方が
面白いように変わっていきます。
そして、
何より生きていく為の精神が成長します。
今回は図書館で借りた
こちらから、一部抜粋で書いてみました♪
他にも菜根譚からの教えとして、
いろいろなことが書かれているのでおススメです。
そしてそして、
あなたの心に力を与えてくれる『心の観察』も、
おススメします。( ´ ▽ ` )
観察をしっかり学んでみたい!という方は
『自分学講座』でマンツーマンから開校しますので
リクエストいただければと思います。
詳細はこちらから♪
それではまた
今日もあなたに笑顔がいっぱい!
ありがとうございます![]()
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