悪を以て悪を為す。 それに対する正義と正義への信仰。それはあまりにも大仰で多くの迷信、迷走をも含んでいる。それを信じる自分への過度な確信や信仰。その正義や義憤を抱くことにより、極端に自己を抜けだそうと精神と神経の足をばたつかせ、悲壮劇の俳優を演じようと躍起になる。何の疑いもなく、何の偽りもなく、君ら正しい人々は五臟六腑を沸き立たせ、老廃物だらけのだらしない臓器を熱して、必死になりながら消化に努める。 そうとて、それがその正義にとって何の関わりがあろう?君たちは自らをペテン師に仕立てあげようとも、道化に成り果てさせようとも、戯画の人物になろうとも、その信念を貫く覚悟があるのだろう?しかし、その正義や義憤や信念が君たちの情熱だとしてそれが我々にとって、その世界にとって何の関わりがあろう!その情熱を正義への道の言い訳にするな!自分を欺くな! 正義とは直接的に戦う覚悟や力を有する者が、真理をも越え出て、目や五体満足を失うことも辞さない、一人の時代的役者の英雄的資質と権利なのだ。それを自分の聖化や愛の為に小奇麗ごとに奉仕する事象では決してない。君たちは自らをペテン師に仕立て上げようとも、道化に成り果てさせようとも、戯画の人物になろうとも、その信念を貫く覚悟があるか?数百年も、数千年も、自らの墓に唾を吐き捨てられる覚悟が君たちにはあるか?その覚悟が無いものに正義や慈善や自己犠牲を唱う資格はない。過ちであっても正しくなくても、何も得られない者がひっそりとした森の木の下に果て、空虚な楼閣の中で自己を知られることもなく死に絶えて、川や海の餌になるような人々が幾億も居た。それが理想や正義を打ち立てた者の自らへの結果だった。彼らは地球や宇宙にとっては何の影響もない刹那の生を生きた。それら無価値な人間が何人犠牲になろうとも全て無に変わりはない。ただ、また多くの犠牲を重積させるだけだ。歯車が止まることはなく、常に回り続ける。全ては流転する・・。「それは我慢ならない!その忌まわしい世界の流れに逆らえないのか?ならば、選ばれし志すものが逆らおう!私が一つ行えば、きっと逆らえる!だって、私は真理に根ざして、こんなに正しいことを行おうとしているのだからね!正義は勝つって昔から言うじゃないか!」こうしてまた一つの歪んだ正義や理想が出来上がる。人がまた一人喰いものにされ、犯される。自分の理想に責任が持てないものに、敵と戦う力が無いものに、他人を巻き込む資格はない。一人で罪を犯して、罰を受ける、犯罪者の方がまだましという体だ。罰を受けた犯罪者は罰を受けてもその罪が贖われる事はない。そして、これはその過ちに対して全責任が持てない、革命やテロや慈善活動や反戦や戦争を促しなたりする運動家や政治家、諸君に向けて放つ言葉である。そんなものに何の意味もない。それを成し遂げようというのならば、せめて自分を強大な悪にする勇気を有したまえ!そして、それを力へと奉仕すること!自由で、強靱で、冷酷で、奇才的で、時には神や邪悪な半神にも劣らぬ、あの英雄や梟雄や天才がここから顔を覗かせてきて、世界をも創り変えてきた。この人間世界には悪を以て悪を為すものしかいないのだから!悪を宣言して、悪を以て戦う快活な力を!私は聖人君子になるくらいなら道化や悪魔になった方がましという人間である。その方が、消化が頗る良い。ただ、それだけのことだ。願わくばこの思いが、来る未来の私の子どもたちへと、どうか伝わるように多くの人々に届けばなあ!・・私たちはまだ、言葉を上手く適用する術を学ばなければならないのではないか?そして、論理を上手く手懐ける術を心がけなければならないようだ。まだ、多くの実験がなされるべきだ。