神も腐り、やがて運命へと飲み込まれる。我々が強く信じて、その心を入れ込んできた光にもやがて大きな闇が陰り出す。
  「いつかその時が来る」。それは多くの予兆を暗示するある言葉である。光射す希望があれば、その逆に大きな闇が陰り出す。そのいずれになるかは一体誰が知ろう?虹彩ある祝福にも巨大な呪詛が含まれている。そして、その呪詛は強力な毒を含み、全ての者の心から体を蝕んでいくだろう。 大袈裟な手振りや確信ある言葉や強い流れ、簡単な言葉に用心することを思慮しないものは奴らに食われてしまうだろう。魔物と戦うものも、自分自身も同じ魔物になり果てないように用心するがよい。その敵を倒した後にその者を弔わない者はその精神の中に、敵の亡霊を住まわせることになる。いつの日はその亡霊は復讐を仕掛けてくるかもしれないし、どんな強い精神を持ったものでもその精神を乗っ取られてしまう。そして、その呪縛が心体を縛り、滅びへの危険に会うのである。
 眼下から守護し、我々を見守ってきた九人の女神たちも巨大な影に飲み込まれてしまった・・。彼女らもまた同じ神話の結末を繰り返してしまったのだ。それがモイラの下した当然の審判だったのだろうか?しかし、一体何が起こったというのか・・、彼女たちが生み出した子らは健やかに生きている!そして、幸いなことに彼女らの気高き精神を善いままに受け継いだし、何よりも・・、決別を選んだのだ!これは怜悧な判断であった!彼女ら女神の子たちは、巨大な塑像が崩壊し、その塑像の倒壊に押しつぶれる前にその危険を脱したのだ。彼女らはその母の精神に劣らぬ、それどころか母をも超える高貴な精神を元から宿していた。その心には生まれつき、妖艶かつ危険な陶酔から覚めるための、豊かな浄化の海を持っている。しかし、今後彼女らは、一層厳しい戦いを強いられるだろう。彼女らの敵は、見掛けは煌びやかではあるが、しかし、その内は狡猾で、内に飼う蟲を蠢かせる、多数をも飲み込んでしまう巨大な影と戦わなければならない。また、かつて天壌を見下ろした九人の女神の終焉とともに侵攻してきた影はその位置を占めてくる。それらとも彼女らは戦わなければまた悲劇を繰り返すだろう。今後は同じやり方では必ず奴らには通用しないだろう。その高貴なる精神のように、自由に、何にも囚われない、軛が軽くなるほどに力強く踊れる舞踊を、ニヒリズムを知りつつ、それを乗り越えようという快活な歩み足など、駆使し戦って頂きたい。歴史というものには多くの呪いが含まれているものだ。だからこそ、その歴史自身が持つ負の連鎖を超えよ!彼女らにはそれに足る精神とヴェヌスの眼下に見守られているのだ。その蒼き焔は全てを熱し、ガイストを澄み切った水から解き放ち、神々を模しものの死骸から腐臭すら漂わせる。その時こそ彼女たちは最高の輝きを放ち、黎明の世界に怒号と勝ち鬨を上げ、全てに勝利を得る時である。
 天壌高くの位置に太陽が真上に輝き立つ時、均一対称のアイロニーが我々に知らせるだろう。この世にもそれを許してはならない物もあるという畏怖と、それを想起し本能が目覚め、恐怖の叫びをあげる瞬間が・・。