我々趣味人の気枯れが溜まりに溜まっている。祭り、祝祭こそ必要である・・。長きに渡る、張りつめた心の、安息ない労働や闘争や苦悩を乗り越えた後の悦ばしい解放。理性や思考、現実感もねじ伏せ凌駕し支配するような魂と精神がともに飛躍や高揚を感じる祝祭。しかし、尊厳さを抱かされながら根源的な悦楽を呼び覚ますような陶酔を帯びた思わず血肉が沸き踊る祝祭。そして、その刹那の幸福が永遠を象徴するような心の舞いこそが必要である。
音楽。しかし、楽器や音色を凌駕する神殺しの道具がばっこした・・。その名は「同情」・・!しかし今、慈悲や同情が我々とって何の関わりがあろう!同情というの名の退廃の呪詛は高貴な祝祭を台無しにする・・。もはや同盟を必要としない我々趣味者が目指すのは幻想でもなく、理想でもなく、観念でもなく、真理でもなく、仮象ですらない。生きるもの、死せるものたちの片鱗とおかしな世界への愛着である。このどうしようもない世界と人間の創る永遠を・・