苦悩は快への曙光、導である。我々人類が苦悩する能力を今日まで残してきたのはけだし必要不可欠であったからである。苦悩するということは生み出し、また得ようとする先験的な一つの高等能力なのだ。苦と快は一つの意志の強さを現し、繰り返し上を目指す高貴な心であり、快と苦は一元で繋がり我々の体を時間と存在を通して回り巡りながら力を得てゆく。君はその苦悩を自分とは別の誰かや入れ物に引き渡し、毒で麻痺させ、忘れ、損なうというのか・・?苦悩こそ誇るべきものであって世界や自分を映し出す試金石だというのに。自分だけのものだというのに・・。
争い、融和の中に見た君の苦悩はいつの日か星辰を形創るだろう。その星空たちを想いだしながら見るたびに、愛しさを覚えずにはいられない。星の数だけ我々は後押しされるように成長してゆく。痛みの中に時間が閉じ込めれている。あらゆる人々、出来事が夢物語ような彼方の世界で見ていたように思われる。全ての感情もかすれて、風に消えてゆく。それらが我々の生だった。その面影とまたいつの日また邂逅する星の友情を信じよう。
争い、融和の中に見た君の苦悩はいつの日か星辰を形創るだろう。その星空たちを想いだしながら見るたびに、愛しさを覚えずにはいられない。星の数だけ我々は後押しされるように成長してゆく。痛みの中に時間が閉じ込めれている。あらゆる人々、出来事が夢物語ような彼方の世界で見ていたように思われる。全ての感情もかすれて、風に消えてゆく。それらが我々の生だった。その面影とまたいつの日また邂逅する星の友情を信じよう。