カタルシスを超えて。詩や音色は神やいにしえに向けて精神を流し、紡がれるために詠われた時空間を超えた鎮魂歌、超越自然的呪詛だった。本来、詩や音楽とは神を支配し手懐けるディオニュソスだったのだ。世界の不条理や理不尽に対する怒りの叫び、それらを支配し、融和させることで怨恨や怒りを遥かな海に乗せて流すことで浄化は誰の為でもない自己のために幻を創った。しかし、真理を求める者たちはそれを拒んだ。そして、宗教音楽、聖歌は浄化を神へと向けてしまうことで、世界を沈ませ、軽いものを重くした結果どうなったか。神が重さに耐えきれず、より『弱く』なった・・。彼らこそ神への一番の復讐者であった。彼らは信仰し、祈ったが、いつまでも立っても救われぬ怨恨から、狂信仰へと至り、無意識の内に復讐者になり果ててしまった。神学者、プロテスタンティズム、それらディレッタントは神をとうとう支配者の座から引きずり落として・・殺してしまった。その屍を利用してパウロ、教会は権威を支配に難なく役立てた。神の終末の種ははどの時代も信者から始まる。