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私的 3.11 考

5月に南相馬を訪れることになりそうです
震災以降これで3回目

小高区へも行く事になるでしょう
現実の姿を見て涙するかもしれませんが、構いません
できること、しっかりして来ようと思います
昭和の始め頃からの写真を整理していました
今の南相馬市鹿島の近辺の風景やら、八沢小学校の古い校舎やら
昭和36年の野馬追の写真も1枚ありました

年月が経過して・・・

何十年か後に、21世紀初めの写真を整理する人は何を思うだろう
低線量の被曝に関して、様々な立場があることは周知のとおり

以前、東京都内でホットスポットか?という騒ぎがあり、床下に放射性物質を入れた容器が発見されたということがあった
その家の住人が、長期間被曝していたにも関わらず、健康上の問題を生じていなかったことをもって、健康には影響は無いのである、という意見が数多く表明された

広島や長崎でも、低線量被曝を受けた住民に健康上の問題を生じなかったケースが多くあったことから、いたずらに危険を騒ぎ立てることへの疑問を呈した発言も、ネット上などで多く見られた


私個人は、それでもなお、低線量被曝は危険であり可能であるならば人々の立ち入りを制限すべきとの立場をとりたい

多くの人が無事であることと、安全であるということとの間には、イコールは成り立たない
安全ではないからこそ、法律によって被曝限度量が定められ、放射線管理区域という特別な空間領域が設定されているのではないか
先のブログにも書いたとおり、被曝による労災基準値も 5mSv/year とされている
被曝による健康被害が生じた場合には、その基準と満たせば労災認定がなされるという目安である
もちろんそれ以上の被曝をしても健康上に影響の出ない人も存在している
多くの人に被害が出ないといって、それが安全であるという判断がなされるとすれば、労災認定基準もより高い数値で設定されるのではないか

現に、原発作業員でさえ、内部基準として、事故前には 1mSv/year という基準で作業に従事していた事実もある

事故が起きる前には厳しく安全サイドで基準値を設定していたものを、事故が起きたことによってなし崩しに基準値を上げるがごとき節操の無さは到底認められるべきものではない

仮に、ごく少数が被曝によって何らかの健康被害を生ずることを前提に、「基本的には安全である」という立場で物事を考えているのであれば、次のようにして原子力と関わるべきであろう

「ごく少数の人は被曝被害を受け、健康に問題を生ずることを見越して原発を動かしている」
「ただし、ほとんどの人は健康被害を生ずることは無い」
と

ごく少数の人、これに自分が当てはまらないという自信のある方は、ぜひとも率先して除染作業や原発作業に従事すればよい

被曝を心配するあまりにストレス性疾患を患うことのほうが問題だ、という発言に関しても、無神経な一方的な押し付けであると考えている
被曝することによって健康被害を生ずる可能性を排除できないこと、これを恐れることは正常な判断ではないのか


事故前の平常値から見れば事故後の線量率は異常値である
事故が起きたから、これからは以前の異常値を、平常値とする
そんなむちゃくちゃなことを平気で言う世界に我々は住んでいるのかと思うと、悲しさ以外に感じるものは無い
今現在、ほとんどの避難所は閉鎖されて、被災して住居を失った人たちの多くは、仮設住宅等へ移転したと思う

石巻と南相馬の避難所で、いくつかのほほえましい光景と、いくつかの悲しい体験話と、いくつかの嬉しい話と、そしていくつかの見なければ良かった光景を見聞きした

偉そうに言える身分ではないが、極限に近い状態にあって、最終的に見えてくるものはその人の人間性のようなものだったように思う
全体を見通せる人、一部分だけ見ている人、何も見えていない人、他人のために動く人、自分のために動く人、いつまでも右往左往している人
どの人たちに対しても、非難や賞賛をする資格を私は持ち合わせていない

みんな必死だったし、いっぱいいっぱいだったし、追い詰められていた



ただ思うんだ
賃金を得て仕事として避難所という場所で働いていた人たち
せめて、給料分の仕事はして欲しかった、と
自腹で来ていた各地からの奉仕者たちは、かれらのためではなく、被災した人たちの困窮を和らげるために来ていたのだと思う
避難しながらも率先して無償で動いていた人たちもいた
それだけに、行政に限らず、避難所で被災者の権利を振りかざして内向きに小さな権力を振り回すような、賃金を得て動いていた人たちの存在は虚しさを覚えた

うまく回っていた避難所もあれば、そうではなかった避難所もあったと思う
そういう事案の吸い上げと反省、それを欠いたら、将来に生かすことは難しくなるように思う

阪神淡路のときの反省を、今回のボランティアの人たちは割合にうまく生かしながら動いていたと感じた
行政は・・・
相変わらずなんだろうなぁ