ジリジリ熱気が伝わってくるのが分かる。
ジトリとした汗が顔を伝って落ちていく。

溶接ガラス越しに見る、赤い融点。

その中心温度はゆうに1000度を越えているのだそうだ。
たしか、同僚の高村のオジサンにそう教えてもらった。

そして足元にある今走ったばかりのこの溶接ビードは400度。


ーそりゃあ、熱いわけだ。


いいかげん暑さにうんざりして手を止めた。



まだ熱い横に倒した柱に乗っかったままヘルメットにジョイントしたバイザーごとあげて向こうに見える窓を見た。

風なんてたいして入り込んでもいないのに、一瞬だけ空気の動きを感じて涼しいと錯覚しそうになる。

薄暗い工場の中から見る四角い枠で切り取らた外の世界は、丸で別世界のように明るく輝いて見える。
今日みたく土砂降りなったかと思えば、悪戯に晴れて見せたりする日は雨に濡れた草や水溜りが日を受けてキラキラと輝いて見えて尚更にそう思う。


ーおかげで溶接やめても蒸し暑いし。


どうして、こう建設・建築系の工場は働く人のことを考えない建てかたをするんだろう。

ーここだけは真夏かアフリカかっていうくらいだよ。



『どうせ暑いなら梅雨明くらいしてほしいもんだよ。だよーーーだっ。』


どうせ回りの音にかき消されて聞こえないのをいいことにそんな悪態を呟いてみたくなった。


『ほぅーうい。』


その独特の呼び声に振り向く、この工場でそんな呼び方をするのは高村のオジサンしかいない。


『おぅい。アチぃなぁ、コータロ。煙草吸いにいくぞ。』

『でも俺、昨日からコレしようし。』

『おっそいのー。ちゃんとしよんか、ワレ。』

『んー。』

『ほら、行くぞ。ヘルメット脱いで来い。』


高村さんのオジサンはいつもこうやってからかいがてら誘いに来る。

作業台に溶接ヘルメットと革手、その下にはめていたぐっしょり濡れた軍手をおいて安全ヘルメットを被りなおして喫煙場所へと少し遅れてついていく。



『嫌らしいのぉ。』

一足先についていた高村のオジサンが外を見ながらそう言った。

その隣のに腰掛けて、同じように外を見ながら煙草に火をつける。


『あー。うん、最近ずっとこんなだし。今日みたいな天気なら土砂降りのほうが涼しいよ。でもホントいい加減にしてほしいなぁ。』


『本当やの。こんな天気続きやったら、どこにも出かけられんわい。』


『高村さんは夏の予定はなんかあったりするんかな?もう少ししたらお盆だよね。』


『ワシは一日飲んどるだけじゃあ。娘も孫も来んしの。分かっとろうがあ。お前はどうするんか?』


『えー。オレ?オレは海行ったりかなぁ。あと、順延になったけど花火とかかなー。』


『また一人でかあ?』


高村さんの問いにへへへと笑った。



『サミシイヤツやのー。』

『えー。ダメ?ダメかな。いや、別にだめじゃないよね。ダメ?いいと思うんだけどなぁ、別にひとりでも。。。。』

『ダメじゃねえけどな。』


きっとこのあとのセリフは決まってて。

『コータロー、お前早く彼女つくれー。のう?』


ーほら。やっぱりそう来るなぁ。


『こんなんでいいって人がいないからねー。』


『早く、俺にお前の嫁さんと子どもの顔みせてくれや。』



そんなふうに高村さんにからからわれながら過ごす時間は、

日常のひとコマとして定着してて。


オレは変わり映えがしない毎日の中で、こういう時間を好きだと思う。


高村さんにオレが嫁さんを見せてあげれるってことは、この先一生ないかもしれない。

でも、好きな人が出来たって言ったらひとまずは安心してくれるのかな。


ー好きで独り身でいるわけじゃないしなぁ。


そのとき。

外は雨が降り続けるているのに、切れ間から太陽が顔を覗かせている。

そんな空を眺めながらふと思ったんだ。


あー。

でも、あのひとは。


ーなんだったら、俺と行くか?

って言ってくれたなぁ、って。


士朗というそのひとにまた会えるかなと思った。


煙草を吸い終えて一足先に持ち場へと戻ろうとする、オレをー


『お。早えぃのう。』


高村さんが制止しようとするのを振り切る。


『みんなと比べて遅いから、この五分の差が大事なのっ。』


そうやって少しむっとして見せて笑いを誘う。


『社長が来る前に戻らないと、オレだけ怒られるやんー。』


『はは。違ぇねえけどなぁ。アイツは俺には何も言えんし。何かあったら言えよ。』


いつの間にか煙草を吸いに来ていた他のみんなもコータローらしいと言わんばかりに笑ってた。

高村さんは社長は口だけで溶接はオレのほうがまだ出来るから気にするなと言うけど、

小心者なオレは腕一本の世界で腕がないことをが気になっていそいそとこうして戻りたくなる。


まあ。頑張れや。

高村さんがそう言ったのを背中で聞いた。

 『夏が遅ぅれてーるーっ。』


そう喚いていた、カウンターの斜め向こうに座る青年を可愛いと思った。



一生懸命に伸ばして整えただろうラウンドの髭も、子どもっぽい彼とは不釣り合いかもしれないし、

年相応に見せるという意味ではちょうどいいのかもしれない。

そんな危ういアンバランスさが不思議と魅力的なのかもしれなかった。


『あら?どうしたの、しーろーちゃんっ。』


俺が彼のほうを見て、笑っているのに気づいたのだろう。

ママの問いに、「いや。隣にいる子もお守りが大変だなと思ってさ」とだけ含み笑いをしながら答える。




『だってさ。もう7月も終わりなんだよ。なのにずーっとずーっと梅雨のまんまかってくらいじゃん。今週なんて何日雨降ったと思ってる?7日だよ?7日。1weekっつ。今年の夏は今年しかなくて、24歳の輝ける夏は今しかないのっつ。だから、精一杯楽しまなきゃいけないのに!!何っっにも出来ないじゃん。ユウキだってそう思うわない?思うよね、思うだろ。』


ーめちゃくちゃな三段活用だなぁ。

いまだ収まることのない憤りを隣に座る青年に必死で同意を求めるその姿がおかしくてクスリと笑った。


『じゃ。コータローには、そんなに悔しがるほどの”この夏を如何に楽しく過ごすか”ってプランがあったのか?』


『花火大会っ。でも流れたじゃん。それに俺は怒ってんの。雨のばかやろー。』


馬鹿野郎と言った割には、その語尾はだんだんと弱腰になっていく。

どうやらこのコータローと呼ばれた青年は、友達であろうユウキという青年には歯が立たないらしい。


『それだって、毎年恒例おひとりさまだったんだろ。さみしー思いしなくて良かったじゃないか。ちゃんちゃん。

はい。これでこの話は終わり。いい加減迷惑だろ?他のお客さんもいるんだから。な?』


ーどうやらぐうの音も出なくなったらしい。

30分も喚き続けた彼をたったこれだけで黙らせる青年の落ち着き払ったS様っぷりに感心しながらママに目配せをした。


『いい保護者よね。まぁ、付き合う分にはアタシはあいういう手のかかりそうな子は苦手ね。でも士朗ちゃんは好きでしょ。』


確かに、しゅんとうなだれるコータローの姿は子犬のようで、ほんの少し俺の心をくすぐっていた。

ママの見解は、この場合ご名答ってやつだ。


だからだろうか。助け舟をだすというのは変かもしれないが気休めになればと思ったのか声が口をついて出ていた。


『なぁ。こーたろーくんだっけ?花火大会は流れたんだろ?だったら順延だろう?またあるんじゃないのか?』


そのときママがしたり顔で笑うのが見えた気がしたが気付かないことにした。


『そっか。そーだよね。うん。そうだよ!!あるよね。えっと、はじめまして。名前はー?』


『ああ。そうか、自己紹介まだだったな。俺は、士朗。』


この時きっと俺はこのやんちゃそうでこどもっぽいコータローに興味を持ち始じめていたから。


ーなんだったら、俺と行くか?


いたずらな顔をしてそう囁いてみた。


『あらwヒャダ。士朗ちゃんったら手がはやいのねー。うん。っていっちゃうのよ、コータロー。

うんって。言っちゃいなさい!!』


ママにからかわれるのは承知だったけれど、少しコータローには冗談が過ぎるかなと思った。

慣れてないのだろう。少し困った顔を見せた後、でも照れくさそうに。


『えと。考えとくます。』と日本語になりそこねた言葉で答えた。

この子らしいと、そんなところがまた可笑しかった。



案の定、ママにはアンタってば!!!と突っ込まれていたけど。

そのあと、少し話をしてバーを出た。



雨上がりの街は7月だというのに、肌寒く。

見上げた空にはどんよりと雲がかかっていて、切れ間から覗く月はぼんやりとしていた。


夏が遅れてるー。

確かに、そうだと思った。


アイツの言うとおりだなと。

口の端が笑うのを感じて、顔を下ろした。






長雨続きだったあの夏のあの夜は、いまでも僕らの心に色褪せず残っっていて。


僕らは夏の終わりに恒例行事のように此処に現れては、
手に花火をもって廃工場の壁や屋上のコンクリを焦がすー。




あの夏、開かれることがなかった花火大会の代わりに。



http://www.youtube.com/watch?v=XtrNY4oIMXg&feature=related
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