吐き気がするというのでしばらく様子を見たけれど、様子が尋常じゃない。
救急車を呼ぼうとしたけど本人は大丈夫だと言う。
そのうち体中が痺れ出したというから、強制的に救急車を呼んだ。
救急車は数分後に現れ、車に乗ってから診察が始まる。
一通り終わったところで搬入先の病院を探すも時間は2時半。受け入れ拒否が何件も何件も続く。
どうやら寝不足か花粉症で気が短くなってるらしい隊長さんは、拒否される度に舌打ち。
おかげで普通家族のほうが焦るであろう"受け入れ拒否"という事態に冷静でいることができた。
やっと見つかったのはけいゆう病院。
前に一度入院してるから受け入れてもらえたみたい。
真っ先に津波という単語が頭をよぎったことは、地元民なら理解してくれるだろう。
お医者さんに診てもらえたのは痺れ出してから2時間後の3時半。
痺れ=脳梗塞というイメージがどこかにあり、本当は怖くて仕方なかったけれど、
先生に、脳は異常ないですよって言われてほっとした。
その後母が寝たまま診察をうけたり点滴をしたりしてる間、地震が来ませんようにと祈る。
わたしが住んでるあたり、大岡川と中村川の間は元々江戸時代に埋め立てられた吉田新田というところ。うちから大岡川を15分下ればみなとみらい地区だが、そこは10~20年前に埋め立てられたところ。
とにかく、わたしの生活圏と大切な人たちはこの地盤がゆるすぎる地区にある。
震度7がきたら地割れ必至、そして小さくても津波がきたら街はすぐのみ込まれます。無理矢理地面を作った、元々は海なんだから。海に帰るでしょう。
そしてこのけいゆう病院、みなとみらいのど真ん中にあって、海はすぐそこ。
間違いなくのみこまれる。
地震が来たら母を担いで紅葉坂へ走るか、無理だったらランドマークまで走るか……
ランドマークはこのあたりで唯一コンクリートの支柱が海底から伸びているから地震でも津波でも崩れないと、中学の時理科の広重先生が言ってた。
しかしよく考えればけいゆう病院は高層ビル。上に上がればいいじゃないかと後で気づいた。
母の容態はだいぶよくなってるけど、今地震が来たら本当に嫌だ。
当の本人は物が食べれないから痩せたー
とか言っているが。どうやら結婚式の時の体重に戻ったらしい。とりあえず薬は絶対持って逃げよう。
まだちゃんと立てない母の看病で会社を休んでいるけど、わたしは至って元気。
さっきまで唸ってたけど、やっと寝てくれました。
なんだかんだ忙しくて、今やっと落ち着いて、震災後初めてちゃんとテレビを見た。
つけっぱなしにはできなかった。
父さんはおばあちゃんちに行ってるし、兄ちゃんはATで小学校だし、京急はかろうじて動いてるみたいだけど湘南新宿は運休してるし、今日も一日このあたりから出れない感じかなぁ。
交通が便利で忘れてたけど、横浜って遠いとこだったんだなぁって思い知らされたよ。