わたしの責任とは。 | 高橋咲―わたしがさかなだ。

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日付が変わった1時間後に帰宅したわたし。


度肝抜かれたよね。

ドアを開けてすぐの共有スペースにあった荷物、ゴミ、洗い物、ぜ~んぶ、ない!!

引っ越して1年弱、引っ越してから一度も片付けられることのなかった彼女のでっかい段ボールも、ない!!


何があった、この3時間に……



同居人に、帰ってきたら必ず起こせって言われてたから一応起こしてみたけど、起きないので部屋のPCで仕事していたら、


ピピピピピ!!!!!!


深夜1時半に鳴る目覚まし。

よほどわたしの帰りを待っていたと見える。

そしてわたしの帰宅時刻に合わせて鳴る目覚まし。

………。




そっからの1、2時間は、話し合い……と言う名のお話お聞きしますの会。

言いたいことはわかったし、どうしたいのかもどうなりたいのかもよ~くわかったよ。



…………。

理想。

わたしにはそう思えます。

この暮らしに、彼女の生活に、わたしはどこまで責任があるのだろう。

お互いの同意で共に暮らして、片一方にその意志がなくなり同意でなくなった場合、どこまで同意してる振りをしなきゃならないんだろう。

もちろんいつ同意できなくなるかなんてお互いわからないし、一度同意したからには軽く取り消すことなんてしないけど、

どこまで縛られなきゃならないんだろう。


さきはね、流動的な人間なんだ。

依存して生きるタイプじゃないんだ。

お互い支えあったとしても、その支えは自分の意志とは関係なくいつか崩れるものだと思った上で共生してるから、

もし今出て行けと言われても生きていけると思っている。

それは実家があるとかの理由じゃなくて、例え後ろ盾がなくても、ネットカフェ難民でも生きていくだろう。


それが、さきと彼女の違い。

人付き合いをする上での依存度。

人に何か頼むのも、頼るのも、依存するのも、さきはできない。




まぁそんなことはどぅでもいぃが、わたしはどこまで彼女に責任があるのか。


もともと責任感、薄いんだよなーガーン





本日のひめゆり稽古日記は、また後ほどニコニコ