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追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



僕と彼女は意見が合わない。

「ねぇ、今日、何食べたい?」
「んん~、私、お寿司がいっかな。」
「えっ~、僕は焼き肉がいいんだけどなぁ。」

「今日は、なんか、お肉食べたくない。」
「僕、昼に刺身定食たべたんだよね~。」

と言いながら、僕は彼女の様子をうかがっている。ん~、今日はどうやら、妥協しておいた方がよさそうだ。

「じゃ、お寿司にしよっか、○○寿司でいい?」
「やった~。」


… そして、翌週。

「今日は何食べよっか?」
「私、今日は中華がいい~。」
「ええ~、僕はお蕎麦がいいんだけど。」

「じゃ、今日はお蕎麦につきあってあげる。」

僕らはこうして、意見が合わない事を話し合って決めている。


話し合って決めるには、少し時間がかかる。

時々、彼女の機嫌を損ねることもある。

反発したり、妥協したり、時にはまったく違う結論になったり…。

でも、重要なのは、ふたりでご飯を食べる事。

ちょっとづつ、譲り合えば、それはできる。





「民主主義って何だ?」

こんな言葉があったけれど、昨年は本当に、民主主義について考えさせられた。それは多数決でもないし、単なる理想やイデオロギーでもない。

民主主義の社会は、多様性を容認する社会だ。

考え方の違う人たちが、お互いを認め合って、それぞれが暮らしやすい社会を目指す、その方法が民主主義なんじゃないかな。

そのために、僕たちはたくさんの事を話し合う必要がある。

それは相手を言い負かすため…?

違うよね、お互いの事を理解したうえで、譲れるところは譲る、ぶつかるところはルールを決める、そのための話し合いなんだ。

だから時間もかかるし、間違いも起こる。

話し合いで得られた答えは、すべての人にとって100%満足なものにはならないけれど、それがあれは、誰もが社会から一方的に排除されたりしない…、これが大切じゃないかな。





「野党5党が選挙協力」
っていう話、まだまだ中身は判らないけれど、どっちにしても、それは「妥協の産物」にしか見えないかもしれない。

多様性の社会、意見が違うのが当たり前、そんな野党が譲れるところを譲って協力する…、そこが大切だよね、「妥協の産物」は、話し合いから得られた貴重な成果、後はその内容を見て、僕たちが判断すればいい、という事なんだと思う。


「今日は、お蕎麦食べに行こうか?」
「はい。」

「今日は、中華食べにいこうか?」
「はい。」

「今日は焼肉食べに行こうか?」
「今日は、私、お寿司がいいな。」

「じゃ、オマエ、もう来なくていいよ。」

こういう首相が、どっかにいたよね。(笑)


<おわり>