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追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



「震災から5年」と多くの人が言う、今年の3月11日。

肌寒い東京、今日は光が差しそうにない。

あらためて、被災されたすべての皆さまにお悔やみ申し上げ、哀悼の意を表したいと思います。


そして音楽は、今年もこれ。

Beethoven Piano Sonata in C major op.13 Ⅱ/ Glenn Gould


グールドの奏でるベートーベンの「悲愴」、第二楽章。

自分で言うのもナンだけど、この選曲は間違ってない…、と、年月が過ぎるにつれ、そういう思いが強くなる。

素朴で飾り気がなく、それでいて絶妙な旋律ドライブ感と音量調整が再現するこのメロディが、僕の感情に寄り添い、入り込んで、普段は感じようもない、奥底の感情を引き出してくれる。

今日は、この曲についての「僕なりのイメージ」を書いておきたい。

テーマ部分があまりに有名なので、そこしか印象にない方も多いと思う。けれども通して聴くと、そこには感情の変化があって、全体で3楽章から成る「悲愴」のターニングポイントになっている…、と僕は思う。

覚えておいてほしいのは、これが第2楽章だということ。

「いったい、どれだけ大変な事がおこったんだよ~」と思わせる、激情と疾走の第1楽章が終わった後の、この第2楽章なのだ。

0:00 テーマ×2 激動の後の静寂と回顧
0:59 あふれる悲しみの展開
1:24 出口の見えないもやもやの展開
1:46 テーマ×1 沈鬱と無感情(→ ここが好き!)
2:21 悲しみや怒り、そして葛藤の展開
3:08 テーマ×2 出口と解放、自己回復と決意
4:03 エンディング 安堵と包摂

この後、日常の切なさや忙しさ、そして音楽的な遊びを詰め込んだ、軽いタッチの第3楽章へとつながっていく。

「悲愴」第2楽章は、単に悲しいのではなく、悲惨な出来事の後の、「悲しみ→沈鬱→葛藤→解放」という、ベートーベンの公式の重要なパーツなんじゃないかな。



(NHKニュース 3月9日)

今年に入って、原発関連のニュースが相次いでいる。

まずは「高浜原発3・4号機の運転差止の仮処分決定」。

各所で無責任な原発再稼働が始まりそうな現状で、この判決の意味は大きい。裁判官に敬意を表したい。ダメなものは、ダメだ。

そしてこれ。

東電元会長ら3人を強制起訴 福島原発事故の責任問う (朝日新聞 2月29日)

(News-i 3月10日)

原発事故の後、速攻で雲隠れを図った「東電の天皇」、元会長の勝俣恒久を含む幹部3人が強制起訴された。彼らに対する告発を、今まですべて不起訴としてきた日本の検察は、自民党と大企業のイヌ丸出し、法の下の平等なんて、この国には存在しない。


さらに、これ。

(FNN 2月25日)

原発事故当時、1号機の核燃料55%が損傷していたにもかかわらず、「基準がない」としてメルトダウン(炉心溶融)を認めなかった東京電力。

ところが、「実は~、マニュアルには『5%損傷ならメルトダウン』って書いてあったんですけど、この5年間、見落しちゃいました~、すいませ~ん」と、気の遠くなるようなバカ発表をしやがった。

こんな言い訳、いったい誰が信じるのか…?

これが本当なら、こんな認識障害者だらけの組織に、電力事業を任せておくわけにはいかない。東電社員は治療に専念するべきだ。


さらに酷いのがコレ。

(News-i 3月10日)

「大津波は想定外」

今まで、そう言い訳してきた東京電力。

ところが、「15.7mの津波が来ることを想定し、津波対策は不可避」と書かれた2008年の社内資料が明らかになた。

つまり、大津波を想定していたのだ。


にもかかわず、3年間もこの対策を放置、その挙句のあの原発事故。これは間違いなく人災だ。

「全電源喪失は起こらない」


そう国会で発言した安倍晋三と共に、牢屋にブチ込むしかないだろう。

僕たちがフクシマのためにできることは、きっと、こんなことなんじゃないか…、と僕は思う。



経済的には~、安全性が~、科学的に~

いろんな議論があるかもしれない。

でも、大事なことを忘れてないだろうか…?

これはモラルの問題だ。

「この現状で、原発再稼働してもいいのか…?」

この問いに、知識も専門性も必要ない。僕たちは、自分の感性を問われている。ダメなものは、ダメ、そこに理由なんか必要ない。


僕たちの未来は、産業や経済、科学技術の発展なんかじゃない。

ひとりひとりがその人生を全うすること。

そして、次の世代に継承していくこと。

それが、僕たちの未来。

3月11日に、あらためてそう思う。


<おわり>

 3月11日に思う。(2013年)
 3月11日に思う。(2014年)
 3月11日に思う。(2015年)