どうやら始まってしまったみたいだ…。⑯ | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。


(湯川遥菜さんのアメンバー一覧)


「日本はいつ標的になったのか ⑦」

トップ画像は皆さんよくご存知の「アメンバー」の一覧、それも湯川遥菜さんのものだ。すっかり有名なので見たことある方もいるだろう。

中には自民党の菅官房長官や西田昌司、エセ右翼の田母神俊雄がいる。

公安警察がISISによる「湯川裁判」の機会を逸してまで、常岡氏と湯川さんの接触を阻んだのはなぜだろう…?

湯川さんのアメブロ「♪HARUNAのブログ♪」から考えてみたい。



■ 始まりは何の変哲もないブログだった。

2013年6月に始まった「♪HARUNAのブログ♪」は、何の変哲もない普通のブログだった。その内容は多少風変りではあるものの、彼が何か特別な野望を抱いているような「その手の人物」ではないことがよくわかる。

彼のパーソナルな部分は別の記事に任せせるとして()、ブログでは当初、何か中国を舞台にしたフィクションでも書いていて、その出版を目指しているようだった。



■ PMC ジャパン始動

2013年12月6日()、彼のブログの記述が一変する。それまで、自分の過去や妄想、それにちょっとした日記的な内容だった彼のブログに「安倍政権は5日、武器輸出を原則として禁ずる…」という文章が突如現れる。

「歪んだ歴史認識を今、変えて行かなければならない。」

恐らくこの日、彼に何かがあったのだ、そう思えてならない。この日以降、彼のブログには明確な目的を持って動く記録が随所に見られるようになる。

2013年12月19日)、会社のHPのサンプル画像が出る。

(湯川さんの会社「PMC JAPAN」(現在はアクセスできない))

この時点で彼の行動は「仕事」になっている。もちろんブログなので全貌は分からない。今ではアクセスできないこのHPは素人では作れないモノ、それなりのお金がかかっている事は間違いない。


■ 田母神俊雄と水島聡氏

2013年12月23日)、「驚くほど現実的に!」と題されたこの日のブログは、右翼系団体「頑張れ日本!全国行動委員会」の忘年会だった。

(上は田母神俊雄、下は「チャンネル数」代表の水島聡氏)

昨日23日に起こる事は、全然想像もしていなかった。
政治家を始め、色々な方々と合って名刺交換できた。

恐らく湯川さんは、できたばかりの「PMC JAPAN」の名刺を、忘年会に来ていた政治家や著名人たちに意気揚々と配っていたのだろう。

参加している会はすでに10件を超えているが、本日はそのひとつの集まりに過ぎない。今日の僕は、遥菜(HARUNA)の人生第二章に進む第一歩だったかもしれない。

「参加している会はすでに10件を超えている…」

12月の頭まで特に何の当てもなく、フィクションの文章とブログを書いていた湯川さん。それが、この時期わずか3週間で、会社を興し、田母神や水島氏と写真を撮っている。後の記述で分かるのだが、この時期に政治団体まで立ち上げているのだ。

もちろんブログだけでは実態はわからない。

しかし何か「大きな力」を感じさせる事だけは間違いない。

湯川さんの活動はここから始まる。


<⑰につづく>