春のブランク | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。




東京湾には、高度経済成長の時代に作られた埋立地がいくつかある。

そのところどころに、海を臨む小さな公園や歩道があって

こんな季節に、少しの間、時間を忘れるにはぴったりの場所だ。


間髪開けず、上空を行き交う飛行機、ここは空港のそばだ。

上空の慌ただしさばかりが目立つ、閑散とした昭和の公演。

肌寒さを感じる風が吹く。でも合間には、もう春の暖かさ。


この時期特有の忙しさも、慣れてしまえば、いつものことだ。

それはまるで、毎年来る台風みたいに、そのうち通り過ぎてしまう。

… 通り過ぎるのを待っている・・・。

そうだ、僕はいつも、この時期をスルーしているのだ。

海の見えるベンチで、そんなことを思う。


On my way / Free  1970

暖かくなったこの時期に、少し気の遠くなるような Free

Paul Rogers の歌声は、こんな感じがいい。

ひとつひとつ、ゆっくりでいいのだ。


桜が咲くまで、あと10日ほどだろうか。

それはカセット・テープ、B面のブランク。

最後の曲が終わった後、テープがターン・オーバーして、

またA面の1曲目が流れるまでの、無音の時間。

音楽が消えて、ふと静まる季節。


「別れ」、「桜」、そして「スタート」…、

僕たちは春の感受性を、単純化しすぎてはいないだろうか?

上空を飛ぶ飛行機みたいに、通り過ぎてはいないだろうか?

海の見えるベンチで、そんなことを思う。


<おわり>