1本の電話 ③ | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。

のつづき>

4月になったら、一緒に皇居の桜を見に行こうと約束していた。

 §

僕と彼女は、俗にいう「最後の一線」を超えてはいない。
いや、正確にいうと、越えられなかった…、のだ。

僕には自分が「享楽的な人間だ」という自覚がある。

そんな僕が、目の前の彼女と、通常あるべき享楽的な行動が
結びつかなくなってしまっていたのだ。

… 一緒にいるだけで幸せってことなのか??

今どき、中学生でもしないような自問自答を繰り返していた。

 §

異動の打診を受けたのは2月末だった。
打診と言っても、それは実質上の事前通知に過ぎない。

僕は携帯電話で再生できる音楽を1曲、彼女にプレゼントした。

桜坂 / 福山雅治  2000

自分でもちょっとベタなことをした…、という自覚はあるが、
この時の僕の「ピュアさ」は中学生並みだ。

音楽的興味がほとんどない彼女に、少しでもわかりやすい曲を…
そう思って、ずいぶんと考えた結果だった。

 §

その「一線」を超えるべきか否か…、
僕は
、自分なりの答えを出す必要に迫られた。

彼女と会う時間をつくることが物理的に難しくなる。

限りのある時間。設定された期限。



そして…、

僕は結局それ以上の事が出来なかった。

もうそれが、享楽の域を超えているからだ。

その瞬間、もし、何がしかの一致点を見出してしまったら、
僕と彼女は、それまでのすべてを捨て去ってしまうかもしれない…。

理不尽な異動をする僕と、毎晩旦那から詰問を受ける彼女。

可能性は、ゼロではなかった。

漂う刹那、そして自分の限界。

 §

僕の辞令と彼女の退職届。

その日程通りに僕たちの関係は終わった。

皇居の桜が咲く、ほんの直前だった。


につづく>