<②のつづき>
4月になったら、一緒に皇居の桜を見に行こうと約束していた。
§
僕と彼女は、俗にいう「最後の一線」を超えてはいない。
いや、正確にいうと、越えられなかった…、のだ。
僕には自分が「享楽的な人間だ」という自覚がある。
そんな僕が、目の前の彼女と、通常あるべき享楽的な行動が
結びつかなくなってしまっていたのだ。
… 一緒にいるだけで幸せってことなのか??
今どき、中学生でもしないような自問自答を繰り返していた。
§
異動の打診を受けたのは2月末だった。
打診と言っても、それは実質上の事前通知に過ぎない。
僕は携帯電話で再生できる音楽を1曲、彼女にプレゼントした。
桜坂 / 福山雅治 2000
自分でもちょっとベタなことをした…、という自覚はあるが、
この時の僕の「ピュアさ」は中学生並みだ。
音楽的興味がほとんどない彼女に、少しでもわかりやすい曲を…
そう思って、ずいぶんと考えた結果だった。
§
その「一線」を超えるべきか否か…、
僕は、自分なりの答えを出す必要に迫られた。
彼女と会う時間をつくることが物理的に難しくなる。
限りのある時間。設定された期限。
そして…、
僕は結局それ以上の事が出来なかった。
もうそれが、享楽の域を超えているからだ。
その瞬間、もし、何がしかの一致点を見出してしまったら、
僕と彼女は、それまでのすべてを捨て去ってしまうかもしれない…。
理不尽な異動をする僕と、毎晩旦那から詰問を受ける彼女。
可能性は、ゼロではなかった。
漂う刹那、そして自分の限界。
§
僕の辞令と彼女の退職届。
その日程通りに僕たちの関係は終わった。
皇居の桜が咲く、ほんの直前だった。
<④につづく>