小学校生活での経験が自信となり 新しい中学校生活に期待を膨らまし
スタートした春
父の仕事も順調で 我が家を増築【現在も暮らしてます】し 順調な生活が始まるはずでした...。
五月の連休最終日の夜だったと思う。
我が家に一本の電話のベルが...母が受話器越しにペコペコと謝罪していた...受話器を置いた母の顔は目に涙をうっすらと浮かべながら呆然...私と弟の顔を見るなり正気に戻り...『お母さん ちょっと出掛けてくるから 先に寝て留守番してて』と言い残し 取るものもとらず出掛けていった。
何があったんだ
今日は父が飲み会で出掛けてるけど 父に何かあったのか
当たり前だけど 寝れるわけなどなく母の帰りを布団の中で待っていた...。
朝方だっただろうか... 母が帰宅した。顔は深刻な表情だった...。
母が行っていた所は 警察だった...。
起きてきた私達に母は隠さず 目に涙を浮かべながら しっかりと 解りやすく 事実と事情を説明してくれた。
理由はどうあれ深酒した父が タクシー内で口論となり 運転手に暴力を振るい 駆け付けた警官にも暴力を振るい...傷害罪と公務執行妨害で逮捕され拘束されたのだ。
次の日 しっかりと新聞にも掲載され...3日後 父は帰宅した。【本来なら長い拘束となるのだが知人の尽力もあり短期間で出所できたのだ】
帰宅後 父は 私達に謝罪をしたが...父の態度と この何日間の母の姿と 体の中からこみあげる怒りで 言葉では許しても私は心底許せなかった。
楽しみにしていた中学校生活。この一件がしばらく私達家族を苦しめる事となり...私自身も苦しむ事となるのだ。
キッカケは...まだ小学生だった弟が 父の事で学校内でイジメられていたのだ。【この時は私が世話になった先生も転任し、在校している先生は現在の先生に近い
方しかいなかった 見てみぬふり
】しばらく弟は我慢し家族に隠していたが、私が気付いて問いつめてわかったのだが 私は両親には話さず 俺がなんとかする
と....。私は転げ落ちるように変わっていった....。
まずは 弟をイジメた面々を一人一人シメタ



兄が中学にいる場合は同級生も上級生も一人一人シメタ



そんな日々を繰り返しながら 内心は罪悪感で一杯だった...でも弟を守るためだ...と 徐々に態度も目付きも変わっていった....。
夏休み前には結果 地元不良グループのリーダー格になっていた。
もちろん 家族にもバレていたが 母には大丈夫心配ないからと言い。父の事は無視しつづけた。
決してリーダーとは思ってなかったが グループの仲間が他のグループにやられると助けに行ったりしていたのが 結果リーダー的な存在になってしまっていた
【何をやっているんだ俺
このままでいいのか
いや俺達が味わった苦悩をオヤジに解らせてやるんだ
そんな心の葛藤が日々続いた...】その年の夏休みに事件が起きた

不良仲間と市内駅前の繁華街のゲームセンターで...キッカケはちょっとした事だったと思う。他の学校の不良グループと大ゲンカ
店のガラスを
ゲーム機も
挙げ句に相手グループの何人かに怪我させてしまった...。もちろん警察に逮捕【手錠はかけられなかったから補導
】いずれにせよ警察署に連れていかれた。警察署には母が迎えに来た。未成年だったので帰宅は出来たが...帰りの母はほとんど無口だった...『言いたい事は分かるだろ
これからやらなくてはいけない事も分かるだろ
』と言っただけだった。何やってんだ俺 オヤジと変わらないじゃないか 心の中で 数ヶ月の自分の行動を恥じた....。
やはり世の中甘くはなかった...かなり大暴れした事もあり 器物破損、傷害罪等の罪状が家裁で告げられた。
初犯とはいえ本来なら少年鑑別所か保護監察処分がつくぐらいの事だったが.....今まで通り母校に通う事が出来たのだ。
何故
ある人が私を助けてくれたのだ
次回に続く