こんばんは
我が家はとても暑い。
品川区の木造アパートなんだが、
深夜でも室温は平均34℃くらい。
なにより湿度が高すぎて、肉まん状態。
エアコンをつけると、昨今の電気料金増加により、
多額の電気代を支払うことになる。
というわけで、採った対策は
窓全開、すべての換気扇を回して、扇風機をつける。
来週には新たなアイテム、除湿機が届く。
この夏さえ乗り切れば(司法試験に受かってれば笑)この家からも抜け出せる。
あと何ヶ月か我慢しよう。
さて、最近、世間的にも個人的にも関心が高いのが安保法制の議論です。
ブログもこればっかり。笑
今回は書き始めたらとても長くなった。笑
ずっと議論の仕方がおかしいと思ってきたが、それは未だに変わらない。
橋下徹さんがおっしゃっていた、
集団的自衛権が合憲か違憲かなんて議論をしてもしょうがない、個々の条文が合憲か違憲かを議論しなければならない。
というのはまさにその通りだと思う。
個人的には、ここへきて自衛隊の位置付けを明確にした方がいいような気がしている。
今回の政府の憲法解釈の変更によれば、
憲法の前文とか条文とか砂川判決から、
憲法9条は武力の行使を禁止しているが、
自衛のための必要な措置は禁止していない。
必要な措置の中身が変わってきたから集団的自衛権も一部行使できる。
それを具体化したのが条文案。
という感じだと思う。
そして、政府は一貫して国際法上の論理に則って説明していることからすれば、
ここでいう集団的自衛権は、
ニカラグア判決で示された通り、
武力の行使にあたるのだろう。
それを実行するのが自衛隊。
でも、自衛隊は沿革的には警察予備隊が発展したもの、つまり警察部隊であって、武力行使をする部隊ではないはず。
しかも、このように解釈することが自衛隊合憲論の根拠の一つだったような気がする。
つまり、いつの間にか、自衛隊は武力行使をする軍団になっている。
いくら自衛のために必要な措置を講ずることを禁止していないとはいえ、自衛隊は憲法9条の文言に真っ向から反する組織になっているような気がする。
それでもいいと言われたらそれまでだし、あくまで警察権の行使と言われたら、警察権は海外でも行使できるの?と、ここは調べてないからよくわからないが、疑問になる。
という感じで、やはりあらゆる災害で活躍されている自衛隊員のためにも、自衛隊の存在を憲法で認めることがまずやるべきなのではないかと個人的には思うところ。
そして、最近話題になっているのが、磯崎首相補佐官の、法的安定性は関係ない、というような趣旨の発言。
僕は彼がどのような文脈でこのような発言をしたかはわからないから批判はしないけど、
仮に法的安定性は関係ない、としたときに何が問題か、ということをきちんと議論してくれるのかは少し心配。
また、彼は必要最小限度の範囲にとどまるべきだ、という基準により法的安定性が保たれていると言っているが、それは本当か、もまた吟味してほしい。
これに関連して、ピエールブリュネ「法的安定性の概念」(慶應法学29号351頁)という論文を読んだ。
法的安定性の原則は法規範全体に含まれている原則である、と。
つまり、法があれぼ法的安定性の原則があるということ、みたいですね。
この時点で、法的安定性は関係ない、と本当にいっていたら問題ですね笑
そして、法的安定性の中身は、欧州司法裁判所よれば、簡単に言えば、
予測可能性があること(こういう場合には○、こういう場合には×、というようなことが機械的になせること)、
訴訟提起の途が市民に開かれていること、等
があるみたいです。
僕もよくわかりませんが、
つまり、法的安定性を確保するには裁判所の存在が重要、ということが言いたいのです。笑
今回の法制では、首相は色々な考慮要素をあげているが、
結局は総合考慮にならざるを得ないのであって、
機械的な適用は難しいのではないかなと思います。
また、おそらくなんらかの形で具体的な事件になっても裁判所も判断を避けるでしょう。
というわけで、他にも色々な考え方があるかもしれないが、
今回の安保法制は法的安定性が確保されているとは必ずしも言えないのではないかなと思います。
法的安定性が重要なのは、政府の主観的な判断で、自衛隊員の命が奪われることがあるからであり、下手をすれば戦争に巻き込まれ、僕たちも死ぬ、
という非常事態に陥る恐れがあるからですよね。
やっぱり、何度考えても、
やるなら廃案にして憲法改正、が妥当なんじゃないかなと思わざるを得ない。