2024年 6月1日(土曜日)

 

私のツボに入りすぎて、気に入りすぎて、2回目を読んでしまった。

 

自分では本屋さんでタイトルを見ても手に取ることはなかったと思う。友人が面白いから読んでみてと貸してくれた本なのだけど、実にいい。しみじみといい。深夜ラジオでの放送内容をまとめた形になっている。文学紹介者の頭木さんという方が、一度は名前を聞いたことのあるような文豪や偉人の書き残したもの(著作だけでなく日記や手紙など)を抜粋し、ご自身の経験も踏まえて、解釈した内容をNHKアナウンサーと対談していく内容だ。頭木さんは20代になったばかりの頃大病を患い、その後13年間治療したらしい。今でも完治はしていないらしいが、その間に経験したご自身のお気持などを偉人の残した絶望的な名言に沿えて対談が進んでいく。カフカ、ドフトエフスキー、ゲーテ、ベートーヴェン、ゴッホなど海外の偉人から太宰治、芥川龍之介、宮沢賢治といった日本の文豪の残した名言が一章ずつまとめられている。

 

歴史的な偉業があったからこそ偉人と呼ばれる人たち。偉業の、脚光が当たった部分しか知らなかった人たちの人生にあった、苦難や苦悩、書き残した言葉は非常に興味深く、親近感を抱いた人もいた。絶望名言というと、暗くて重いものを想像するけど、頭木さんのトーンは軽快で温かい。中には、絶望感が突き抜けていて、ぷっと笑ってしまう言葉もあった。それぞれの偉人の苦悩な状況は、想像を越えたものだと思うのだけど、それでも共感できることが少なくないのが不思議だった。今、私自身が苦悩の中にいるというわけでもないけど、読んでいてなんか元気が出てくるのも不思議だ。

 

どの章も好きだったけれど、特に印象に残った言葉を書いておこう。まずはカフカの婚約者への手紙。

「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。将来にむかってつまづくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。」

こんな手紙を受け取った婚約者の反応はどんなだったのだろう(笑)。ドン引きするか、カフカにどんな大変な出来事が起こってしまったのか心配しただろうと思う。でもこの手紙を送った頃のカフカの人生は平穏で、仕事では順調に出世したばかりだったという。カフカは本当は作家になりたかったのに、それがかなわず公務員をしていたらしく、公務員として働く毎日は彼にとって倒れたままでいることだったという解釈だった。あまりの悲観的な気持ちの描写に思わず笑ってしまったけれど、受け止め方というのは、本当に人それぞれだし、それで別によいのだ。

 

そしてゲーテの「鉄の忍耐、石の辛抱」という言葉。

ゲーテは作家として大成功を収め、順風満帆な人生を送っていた人だと思っていた。これはワイマール公国の大臣を務めていた時の言葉らしい。公国といっても、埼玉県の半分くらいの面積をもつ人口約6000人の国で、大臣といっても実際には、財政、外交、農業、鉱山開発、条例作成など多岐に渡る仕事内容に、大臣となったゲーテは多忙を極めていたらしい。火事が起こると現場に駆けつけて消火活動の陣頭指揮を執るような奮闘ぶりで、その頃にはろくに作品を書く暇もなかったらしい。その時の気持ちを表した言葉が「鉄の忍耐、石の辛抱」だったらしい。そんな大変だったのかと、ゲーテもそんな風に思いながら大臣を務めていたのかと思うとなんか親しみが湧いてくる。

 

一番感銘を受けたのは、ベートーヴェンの人生。幼少期から親に恵まれず、健康に恵まれず、パートナー、お金などにも恵まれず。でも神様が与えたのは、突出した音楽の才能だったのだろう。逆境続きで、生きている間には報われることがあまりなくて、神様にこれはあんまりじゃないでしょうかと私が言いたくなるくらい辛い人生だったと思う。自殺を考えるも思いとどまったのも立派だと思う。そんな苦境の中、「希望に別れを告げて」創作活動を続けたということが凡人ではない。普通の人なら、そんな辛い人生を自分の手で止めることの方がよっぽど楽だと考えると思う。

 

ベートーヴェンといえば、難聴だった以外にも胃腸が弱く、目もあまりよくなくて、肺炎やリューマチなども患っていて、大変な体調不良と闘っていたことは知らなかった。難聴に加えそんな絶不調という状況で、歴史に残るあれだけの名曲を創作したということがすごいし、胸がいっぱいになる。頭木さんの解説では、ベートーヴェンは、あまりに深い絶望的な状況にいたので、希望への渇望が強く、その気持ちの反動として、歓喜の歌(第九)が生まれたのではないかとのことだった。

 

今、Sくんがベートーヴェンの曲を練習していることもあり、ここ最近毎日ベートーヴェンの人生のことを思い、その度に感銘を受けている。できるなら、今でもあなたの残した名曲は、引き継がれ、演奏し続けられて、世界中の人たちに感動を喜びを与えているんですよと教えてあげたい。

 

たくさんの人に勧めたいし、自分への励ましのために手元に置いておきたいとさえ思える1冊だった。