1+1=2
1+1=2
俺はそれが正解だと信じている。
「もしかしたら、1+1は、2では無いかもしれないじゃん!」
という向きもある。
なるほど。
では、1+1が2では無いと仰るならば、その答えは何だと言うのか?
俺は1+1=2であると信じている。
もし、それ以外の答えがあるのならば、「明確に示して」ほしい。
仮定を目的とした仮定。
疑心を目的とした疑心。
「1+1が2では無いかもしれない」と思う者の「答え」はどこにあるのだ?
答えや方向性を示さぬ仮定は、何の責任も伴わない。
仮定に至る過程も、何ら意味を持たない。
俺は、1+1=2であることを「信じて」いる。
全ての行動も過程(プロセス)も、
「信じた答えに沿う」かたちで構成される。
信じた答えに責任を負う。
信じた答えを至上のものとし、その答えが破綻しないプロセスを構築する。
結果、俺にとって、1+1=2であることは揺るぎない。
そして、それが俺にとっての「当たり前」なのだ。
「1+1が2では無いかもしれない」に、代替たる「明解」が示されない以上、
そんなツッコミは俺にとっては単なる「言い掛かり」程度のものでしかない。
1+1=2 であること。
これからも、ずっとそれを真っ直ぐに信じ続けるさ。
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