言い訳のパラドックス
RT @Hegemon
言い訳が許されるのは、相手がそれを受け容れる姿勢でいる場合に限られる。
つーか、言い訳を許してもらえる人ってのは
言い訳をしない人なんだよな。
更に言えば、
『言い訳をしなくちゃならない様な事をしでかさない』人だよな。
そーゆー人なら言い訳を許してもらえるだろうけど
そもそもそんな人は「言い訳を発生させない」訳なので
許す/許さないの問題なんかに巻き込まれないな。
言い訳をする様な人は
言い訳をしなくちゃならない様な問題を引き起こしている時点で
情状酌量の余地なんぞない。
今まで、オイラに対して
言い訳を成功させた人間は居ない。
だってそんなもの、聞く耳持ってないモンよ(´∀`)

photo by wiggin
ロボコン携帯からの投稿
子供のままでいたい
子供は、基本的に経験値が足りません。
何らかの衝動を感じた時、経験値が足りない為、
「できるかも」とか、「できないかも」
っつー想定が出来ない訳ですな。
想定が出来ないので、取り敢ず「やっちゃう」訳です。
全力で。
で、案外出来ちゃうんですわ。
迷いが無いから。
経験が無いが故に出来る事、って結構ある訳ですな。
例えば、
普通の人は、地面に書かれた幅30cmの白線の上を
はみ出す事なく平気で歩けます。
ところが、同じ30cmの線でも
「両側が100mの断崖」だと、人は歩けなくなります。
「万が一踏み外したら命がない」と云う経験(知識)が
邪魔をしてくれる訳です。
もちろん、経験ってのは必要な訳ですが
それをスキルとして蓄積するよりも、
「リミッター」として蓄積するのが得意なんですな。人は。
そんなリミッターの固まりが「大人」な訳です。
一度もやったことが無いのに
「出来る筈が無い」と断じてしまうのは
過去の経験が、
片っ端からリミッターに変じてしまっている証拠なのです。
逆に、
一度もやった事が無いのに
「出来る筈だ」
と、思い込んでみるのは結構なのですが、
その想定「のみ」でお腹一杯になってしまい
結局、そのまま死ぬまで「体験をしない」というパターンが
あります。
これは大人でも子供でもなく、「夢想家」と言います。
寝言は寝てから言ってください (´∀`)
で、オイラは
何かとイイトコどりの子供で居続けたい訳です。
言うなれば、
「最先端の技術を結集した、ブレーキの壊れた暴走列車」
…あ、それじゃ欠陥品か (笑)
[ 2007年2月2日の言葉 ]

ロボコン携帯からの投稿
溜飲を下げる
ほとんどの人は、
褒められたら嬉しいモンだろう。
でもね、
人ってのは
ワガママに筋肉と皮膚を被せた様な生き物だから
ただ褒められるんじゃなくて
どれくらいのことをしたら
どれくらい褒められるのか
ってのが気になるモンなんだよ。
俺はそれを『対価』と呼ぶけどね。
お仕事だって同じだろ?
キツイ仕事に就くならば
高い収入があるってのが健全だ。
ガメツイとか、卑しいとかじゃなくてさ
それが自然なんだよ。
物理法則に当てはめてみな?
大きな力には、大きな抗力が返ってくる。
大きなものを動かすには、大きな力が必要だ。
思考や道義もね
自然の法則には逆らえない。
そこを『感情論』でねじ曲げるのは構わんが
俺の経験上、そーゆー人が幸せになってるのを見たことがない。
そりゃそうだ。
どんな方法をとったにせよ、
自然の法則をねじ曲げておいて無事に済む訳がない。
行き場を失った力(歪み)に翻弄されて
その場に真っ直ぐ立つことさえ難しいだろうよ。
だから、グラグラ揺れ続けながら
フラフラと彷徨うのは当たり前だし、
歪みを無視し続けるモンだからどんどん収拾がつかなくなるのだ。
人生に行き詰まった人は
自然について学び
その真理を味方につける努力をするべきだ。
感情は人を裏切るが、物理法則は先ず人を裏切ったりしないよ。
【閑話休題】
褒められるのは嬉しい。
でも、誉められるのはもっと嬉しい。
懸命にアウトプットしたモノに対して
『正当な対価』を得られるってのは格別だ。
褒められる、ではなくて、誉められる。
俺の誇りがニッコリした。
日々イロイロあるが、
こんな風に誉められたりするから頑張れるのだ。
だからこれからも、手を抜かずに生きねばならん。
誉めてくれてありがとう。
俺からも、
貴方の道が、自然と共にあらんことを切に祈らせていただこう。

ロボコン携帯からの投稿
※スマフォ万歳だな。なんとか長文も書けるモン(´∀`)

