石川善助『亜寒帯』と戯れる13   | ヤドリギ金子のブログ

石川善助『亜寒帯』と戯れる13  

   オコツク海通過

 

肌を舐め、むづかゆく匍匐する、

船室に夥しく汚点する、

勘察加(カムサツカ)の夏の腐蝕から移り

旋回し、受精し、孵卵する蝿。

 

  (水温を求めて流浪する魚群、

群がり啼いて魚を追ふ水禽の飛翔)

 

脈翅はオコツクの風に透(す)き

蝿は人の感官を触れ、

冷えゆく体温に懶く騒ぐ、

生物ら古い悲しい記憶を呼ぶ、

氷河、氷河・・・・・

 

「オコツク」とはオホーツクのこと。一連目と三連目の中心は「蝿」である。広大なオホーツク海を航行する(漁をしてゆく)捕鯨船、あるいは漁船上にカムチャッカ半島から寄生?している蝿の風景。「船室に夥しく汚点」し、船上を「旋回し」船上で「受精し」、船上で「孵卵する蝿」。その蝿の「脈翅」は「オコツクの風に」吹かれて「透(す)き」、時には「人の感官」つまり身体に「触れ」、冷たい海風に打たれて「冷えゆく」人間の身体に取りついて、身体が冷えているからか「懶く」なって「騒」いでいるように見える。それはまるで蝿を含む「生物」が「悲しい記憶」を「呼」んでいるようでもある。その記憶とは「氷河」の記憶に他ならない。この詩篇の構成も「海の娼婦」同様に、二連目の二行を間に挟んで、シンメトリーをなしている。すなわち、一連目と三連目は蝿を中心とする船上の、甲板の風景であり、真ん中の、つまりは二連目の二行は海上の風景であり、魚や水禽(かもめ)の風景である。

 躍動する風景としての二連目を真ん中にして、二連目とは対照的にも見える、寒々としてどちらかというと静的で暗い風景の一連・三連が置かれている。しかも、まるで、海の風景を後景化することで、船上の暗く冷たい風景を前景化するように、二連目のフォントが小さく、しかも括弧書きで記されている。