石川善助『亜寒帯』と戯れる9 | ヤドリギ金子のブログ

石川善助『亜寒帯』と戯れる9

   海 角

 

波を荒だて日に日に朽ちゆく護岸(きし)の斜面。

材(き)の縞目に貼り、細く縮む水松(みる)の抜毛、

岩礁の胸部に咲く海星(ひとで)、美しき皮膚病。

岬の療院に夕暮るるフォルマリンの噴霧。

 

 表題の「海角」とは岬のこと。時の経過とともに、「護岸」が波に削り取られて「朽ち」ていく。その「朽ち」かけた「護岸の斜面」を詩人は見ている。護岸の淵は、崩れないように、「材」(木材)で囲われているのだろう。その海水に絶えず晒されている「材」に、「水松」がまるで「抜毛」のように紐状に付着・生育し、「岩礁」には「海星」もまるで花のように「咲」いて、「岩礁」全体が、その「胸部」が、「美し」い「皮膚病」に罹っているように見える。護岸の緑と黒黒とした岩に張り付いた「海星」の赤や黄の色彩が、少し不気味に、鮮やかに描写されている。そうした「夕」刻の「岬」の風景から浮かび上がるのは「療院」なのであり、しかもその療院の「フォルマリンの噴霧」なのである。風景も、その中に位置する建物も、寒寒しい北の岬の暗く陰湿なイメージでさえある。

「水松」ミル科の緑藻。干潮線から水深約30メートルの岩上に生え、高さ20〜40センチ。体は丸ひも状で二またに分枝を繰り返し、扇状となる。ミル(海松、Codium fragile)は、海藻(緑藻)の一種。世界の熱帯から温帯の海に広く分布し、浅い海中(干潮線より下)の岩礁上などに生育する。枝の断面は円形で、規則的に二叉分岐して扇状に広がり、高さ40cmほどになる。色は深緑色。表面はビロード状に見え、触るとざらついている。これは紡錘形の細胞状構造(小嚢)が多数あるためである。小嚢は連続しており、全体が一つの多核体をなしている。現在の日本では食べる習慣はあまりないが、古代には一般的な食用海藻で、租税としても納められた。和歌にも「見る」の掛詞として多数詠まれる。歌われた例として、『万葉集』巻第六「雑歌」946番(敏馬の浦を歌った一首)に見られる他、『土佐日記』「子の日」にも、海松の表記が見られるが、「うみまつ」と読ませている。『伊勢物語』第八十七では、「海神が海松を髪飾りにした」と記述が見られる。『源氏物語』「澪標」では「うみ松や 時ぞともなき かげにいて 何のあやめも いかにわくらむ」とあやめ(菖蒲)の節句について詠まれる。